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ワースト・ハッピー・バースディ  作者: 小坂暦
【第一章】零と無限の管轄(オルターネイション)
12/24

11『1つ目の約束』

 作戦実行の『約束の日』まであと3日となった。


 作戦概要を聞いた翌日、阿良節(あらふじ)から下された彼方(かなた)の次の目標はやはり「固有顕装(ソリタリー)の取得」であった。


 

 が、しかし。



 「――――――あぁッ!!また失敗したァッ!!」



 前途多難。


 中々上手くは行かないようだ。



 「本人の心象風景、手に馴染む空想の感覚。この2つが一致した時にその人だけの対マシン武装『固有顕装』が出現するわけだけど。彼方君の心には信念が無いのかな……?」


 「素で酷いこと言うのやめてくれへん?」


 彼方もふと関西弁で反論してしまう。



 「でも、なんですかね。生まれてこのかた武器なんて手にしたこと無かったんで、手に馴染むってことならこの拳銃が正しくそうなんですけど……。心象風景ってのがいまいちピンとこなくて」


 傍らに置いていた拳銃を持ち上げ、彼方はうーんと唸った。


 「彼方君がこれから戦っていく上で、何を信条とするか」


 「俺の信条、ですか?」


 そう、と阿良節は答える。


 「例えば夏々莉(かがり)なら『絶対に破られない不屈の守り』。槍史(そうし)君なら『どんなに硬い壁でも貫く』だったり」


 言われてみると、確かに彼らの武器はそれを体現するかの様な性質だった。


 「自分が勝つための方針を定めてみてほしい、それがきっと彼方くんの信条になるはず」


 「自分が勝つための方針……」



 彼方は己の記憶を振り返る。


 出来れば蓋をしたい忌まわしき物も多くあるが、道標になるかもしれないものから彼は目をそらさない。



 しかし、何も思い浮かばない。



 (なんでだろう……もしかしたら『勝つ』っていうのが引っかかるのかな)



 今まで彼が経験した戦闘は逃走と迎撃。


 状況は違えど、最後に意識したのは『護る』ということ。


 

 「これまで零と無限の管轄(オルターネイション)を使ってきた時の心の中は『絶体絶命の窮地でも護る』っていう信念があったんじゃないかなと思うんです」


 だけど、と彼方は繋ぐ。



 「だとしたら俺の固有顕装は木舘さんと同じ盾なんですか? それとも一発逆転のとんでも兵器? 一体全体、護るって何なんでしょうね」



 「…………」


 阿良節はその質問に答えることは出来なかった。


 あまりにも難しい問いだ。

 



 しばしの沈黙が流れた後、その空気に耐えかねた阿良節が口を開いた。



 「お昼にでもしましょっか!」



 彼女としても無駄な時間の浪費はしたくなかった上、彼方に対する最大限の気遣いであった。


 「そうですね。お腹空いちゃいました、はは……」



 力無く笑って彼方は踵を返した。


 その背中を阿良節は見守る。




 (零と無限の管轄という力だけでも十二分に戦力になるのに、固有顕装の獲得まで迫るのは流石に追い込みすぎたかな……)



 彼女の中では責務と甘さが拮抗していた。



 (だからといって固有顕装を使えない戦闘員が第一線にいても問題だし……どうしたものか)



 彼方は力になると言ってくれた。


 (はるか)には彼方の未来を託された。



 (どうすればいいのよ……"遥"……)




 頭の中で葛藤が渦巻く最中、時計が午後0時を指す。





 SEEKER(シーカー)の総本部は一般市民でも自由に立ち入ることができるエリアもあり、その一つである食堂は今日も多くの人で賑わっていた。


 (家から遠かったからあんまり来たことなかったけど……手際の良さがすごい……! シュバババッてオノマトペが聞こえてきそうだ……!)


 一列に並ぶ大人数を神速の如き速さで捌き切り、最後尾に並んでいた彼方の番になった。


 「次の方どうぞー」


 「あっ、ハンバーグ定食ください」


 「はいよー」



 注文を受けるとすぐさまトレーの上に定食の準備がなされていく。


 (は、はやい……ッ!)

 

 食堂の人の手際良さに見惚れていると、



 「おばちゃーん! 私もおんなじ奴一つ!」


 

 豪快にスライディングをしながら夏々莉が現れ、彼方の後ろに並んだ。


 

 「うわ! 木舘(きだて)さんか……びっくりした」


 「あ、ごめんね新藤(しんどう)君。お腹空いてたもんで走ってきちゃった」


 

 てへっ、と可愛らしく舌を出して謝罪する夏々莉。



 「はいお待ちーッ!」



 厨房から聞こえてきた声と共にハンバーグ定食が2つ並べられた。



 (木舘さんが頼んでから1分経ってないぞ……早すぎる……ッ)



 目玉が飛び出そうな程の衝撃を飲み込み、トレーを持ち上げてテーブルに向かう彼方。


 その後ろを夏々莉が付いてくる。



 「ご一緒しても?」

 

 「え? あぁ、も、もちろん」



 テーブルに着くと夏々莉は彼方の真向かいに座った。


 テーブルに備え付けられていたお箸を素早く左手で取りつつ、右手で取ったお箸を彼方に差し出す。



 「あ、ありが」


 「頂きまーす!」


 彼方が受け取るや否や、大きな声で手を合わせる夏々莉。


 食い意地を張っている夏々莉の姿が少し羨ましく思いつつ、できたてのハンバーグを口に運ぶ彼方。



 見た目からできる想像に違わず美味だ。



 彼方の倍近いスピードで食べる夏々莉がふと箸を置いた。


 「新藤君、今日の午後って空いてる?」


 「ふぇ?」


 思わず箸からハンバーグが滑り落ちた。


 「い、一応空いてるけど……」


 「良き良き! それじゃあさ、ちょっとだけ私に付き合ってよ!」


 ちょっとだけ付き合う?


 数時間だけ彼氏になるってことか。うーんありだなー。


 (って違う違う! そういう意味じゃねーよバカタレ!)

 

 間抜けな妄想を振り払い、彼女の誘いを受ける彼方。


 「ありがとっ! じゃあ、15時過ぎに正面ゲート前で待ち合わせね!」


 「うん、オッケイ」


 その後他愛もない会話を繰り広げ、最後の一口を食べ終えた夏々莉は、


 「ごちそうさまーっ!」


 と声を高らかにあげ、また後でと愛らしく手を振り去っていった。



 まるで春の嵐のような少女だ。


 その可憐さに見惚れていた彼方は、夏々莉の幻影を脳裏に浮かべながらも箸が進んでいた。



 (可愛かったなぁ……)



 食後の「ごちそうさま」にどこか官能的要素を感じつつ、彼方も足早に食堂を後にした。







 「あ、新藤君ー!」


 「おまたせ、木舘さん」


 

 SEEKER本部の正面ゲートで落ち合った二人は、横に並んで北に向かう。


 夏々莉は目的地を教えてくれなかったが、彼女と言葉を交わしながら歩くだけでも彼方は嬉しかった。



 数十分歩いて。

 


 「到着。ここだよ」



 「ここ、は……」



 国立蜂逢病院 特異災害科病棟。


 蜂逢市にある一番大きい総合病院の1棟で、マシンの被害にあった人たちの入院する場所である。



 「じゃあ、入ろっか」


 「う、うん」



 先に踏み出した夏々莉の後を追う彼方。


 心なしか少女の顔は、いつもより曇って見えた。



 

 受付を済ませた二人は、少し離れにあるエレベーターへ向かった。


 下の階から上がってきたエレベーターが開くと、ブロンドヘアの少女が飛び出してきた。


 予期しない来訪者とぶつかる彼方。


 

 「いたーっ! あ、ごめんなさいお兄ちゃん!」


 「あ、あぁ。大丈夫だよ。怪我してない……?」



 彼方がそう告げた時には目の前から少女は消えていた。



 「あれ? ……まぁ、いっか」


 「綺麗な目の女の子だったねー」


 「あ、そうなんだ? じゃあ外国の子なのかな……」



 夏々莉が開いてくれたエレベーターに乗り込む。


 彼方が入ったのを確認すると夏々莉はB3階から10階まであるボタンの8階を押した。



 「特別隔離区域からはどんな理由があっても出られないしね、外国の人も結構いるんだよ」


 「確かに……。そう言われたら珍しくもないか」



 マシンナーズ・カラミティ発生後、一度でも特別隔離区域に足を踏み入れた人が外に出ようとすると、必ずそこでマシンが出現することが判明している。


 マシンが誰かの陰謀で動いているという都市伝説の由来でもある。



 (その犯人も分かったんだし、作戦の成功で解決すると良いんだけどなぁ……)


 

 そんなことを考えているとエレベーターの到着音が響いた。


 降りてすぐ右側の通路を歩き、突き当りの部屋にたどり着く。

 


 「ここだよ。藍樹(あいき)、入るね」



 夏々莉は木舘と表札が書かれている病室の扉を開いた。




 「――――――、」



 後から続いて入った彼方は、言葉を発することができなかった。



 そこには全身を包帯で包まれ、十数の医療機器から伸びるコードに覆われた少年の姿があった。



 「おねぇ、ちゃん……?」



 今にも途切れそうな吐息混じりの声を発する。


 彼が見ている夢は悪夢か、果たして。



 「ごめん、起こしちゃったね……。ちょっと顔見に来た」


 夏々莉の顔は、見えない。


 声は震えていた。


 「そう、なん……だ。ありが……とう」



 傾きつつある陽射しが部屋を照らし出す。


 残酷な程美し過ぎる紅は、この部屋では灰色にしか見えなかった。



 彼方の時が止まる。


 思考が止まる。


 彼らを包み込む虚無は、若き鮮やかな生命力さえ吸い取ろうとしていた。



 生きた心地がしなかった。






 「お、ねぇ、ちゃん」



 彼方を現世に引き戻したのは傷だらけの少年だった。





 「おねぇちゃんは、頑張ってて、偉い、ねぇ。 でも、たまには、ゆっくり、してほしい、なぁ」




 夏々莉の顔は、見えない。



 だからこそ彼方は、勇気を出して声を出した。




 「君のお姉ちゃんは、とっても強くて、カッコよくて、素敵な人だよ。俺を助けてくれた。一度だけじゃなくて、()()()


 


 夏々莉の肩が揺れるのを見てもなお、彼方は語り続ける。



 「本当に、自慢のお姉ちゃんだね」



 少し間があって、返事が来た。



 「当たり、前……さ」



 藍樹は少し微笑んだ様子だった。



 彼方は夏々莉の横に座り、顔は背けたまま声をかける。



 「木舘さんの良いところは頑張り屋さんなところ。でも、たまには我慢しなくても良い時があるんじゃない?」


 「新藤、君……」


 「ま、まぁ、俺がいる時とかさ……。俺でいいなら、君のはけ口でもなんでもなる……」


 

 そこまで言ったところで、夏々莉の視線が向くのを感じた。


 大粒の雫を両目に浮かべている彼女は、彼方が初めて見た姿であった。



 「木舘、さん……」


 「ねぇ、新藤君」



 少女は今にもはちきれそうな瞳で、最後の我慢をしながら告げる。





 「お願いだから…………何があっても、どこにも行かないで…………!」 


 



 悲痛過ぎる少女の願いに。





 「うん」





 彼方は、ただ真っ直ぐに答えた。





 「約束する」





 俯きながら彼方の手を握りしめた瞬間。


 少女の限界が訪れた。



 今の今まで耐え続けていたものが決壊し、悲しみが溢れ出す。


 病室の外にまで聞こえる声で泣き叫ぶ夏々莉。


 心配した看護師が病室を覗きに来たが、彼方は申し訳なさげなアイコンタクトを返して業務に戻ってもらった。


 

 自らの手の中で悲しみを吐き出す夏々莉を見守る彼方。



 (……今まで、本当に辛かったんだろうな……)



 夏々莉の心が少しでも軽くなれば良いと、祈るようにそう思った。






 やがて少女の慟哭が収まると、張り詰めた空気は消え去っていた。


 彼方はふと藍樹の方へ目を向ける。






 寝たきりの少年の表情は、幾分穏やかになってた。


 

半年も更新サボっててすみませ〜ん(涙)

ちゃんと生きてます!ちゃんと完結させます!

どうかごゆっくりお付き合い下さいm(_ _)m

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