10『消えない傷跡』
(やっぱり……! マシンというS粒子を『零』にしていたんだから、S-O9の刀をデカくすることだってできる!)
大剣と化した刀を構え、夏々莉の動きを見る彼方。
大振りになったとはいえ持つ手の負担は変わっていない。重量は変わらないようだ。
(限られたスペースの中で攻撃範囲が広がったなら、相手の行動を制限できるはず!)
「―――はぁッ!」
彼方は一歩踏み込み、横薙ぎを繰り出す。
夏々莉は反対に後方に飛び退くことでこれを躱そうとするが、
(……やばッ!? 距離感が……ッ!)
彼方の動作は数秒前とは変わっていない。
同じ速度で振りかぶったとして、長さの違う切っ先は夏々莉の反応速度を超えて襲来した。
刃は彼女の横っ腹に直撃し、その身体を宙に浮かばせた。
砕け散る刀身が宙を舞う最中、彼方の思考が一瞬止まる。
「き、木舘さんッ!」
「彼方君ッ!」
夏々莉の元へ駆け寄ろうとした彼方を、スピーカー越しの阿良節が制した。
「これは訓練ではあるけど同時に試合なの! 君が勝つか彼女が勝つか! 中途半端な情けは夏々莉に失礼よ。気を引き締めて勝ちに行きなさいッ!」
そうだ。夏々莉に勝たねば。
彼方は思考を再開させた。
「は、はいッ!」
吹き飛ばされた夏々莉は受け身を取るが、彼方はその隙を逃さなかった。
その大きさに比例せず歪なほど軽い刀身を構え突進を仕掛ける。
床を蹴り二歩程距離を詰めれば刃が届く。
(友達に手向ける言葉じゃないけれど……!)
殺す気で来いと言ったのは彼女だ。
ならば、これは必然なる台詞。
「トドメだ……ッ!」
彼方が狙うのは首。
重い一撃を与えればこのゲームに決着が着く。
彼方の振りかぶった刃は空を一閃した。
夏々莉の細い首をまるで断つかのように。
渾身の一撃を受けた夏々莉は。
「――――――なッ……!?」
不敵に笑っていた。
瞳に妖しげな光を灯して。
「ゆーあーでっど、だよ。新藤君」
直後、夏々莉の左手から弾丸が放たれた。
それは彼方の眉間に直撃し、彼の意識を容易に刈り取る。
決着は、呆気なく着いた。
数分後、彼方はトレーニングルーム横にあるベンチで目が覚めた。
無機質な天井と、心配そうに見つめる夏々莉と無表情の阿良節の目がそこにあった。
「君の負けだ。彼方君」
「……そっか。まぁ、そうですよね……」
身体を起こした彼方を支える夏々莉。
「ごめんね、痛いところに直撃させちゃって……大丈夫?」
「ううん、俺なんか首筋を断とうとしてたし」
お互い様だね、と二人で笑う。
「彼方君。この戦闘で掴めたものがあるだろう?」
阿良節の問いかけに、彼方は心当たりがあった。
「零と無限の管轄はS粒子を消し去るんじゃない。制御する力だ。だったら増幅だってできるってことですね?」
「その通りさ」
特大の一撃ではなく、継続的な力の増強。
あまりにも下積みの無い彼方には願ってもないものだった。
「『消失』の方も一回程度なら余裕に出せるようになったし、この使い方ならアイツらとだって長く戦える……!」
「うん、初回にしては上出来ね。それじゃ、次の工程の話をしよう」
「次の工程……?」
「零と無限の管轄によって、S粒子を1から0に消失させること、1から2に増幅させることには成功した。なら、0から1を『創造』させることもできるはずよ」
S粒子を消し去るでもなく、増大させるでもなく、創造する。
彼方は阿良節が話していたS粒子の特性のことを思い出していた。
「マシンを構成するS-04は破壊の性質を持ち、それに対抗するためのS-O9は」
「創造の性質を持つ、ですよね? 香波さん」
「正解だ、夏々莉」
そういうと阿良節は彼方と夏々莉に数枚のレポート用紙を渡した。
「目を通したら自動で消滅するからしっかり覚えてね」
そこには手書きで書かれた計画の内容が事細かに載っていた。
SEEKER解体作戦。
曰く、JOKERの初仕事らしい。
作戦内容は、現SEEKER所長である黒詰鞠徒の拘束と、それに際し予期されるマシンの大規模掃討。
「全ての裏が取れた。黒詰鞠徒はマシンを操り多くの命を奪ってきた。あの男を絶対に許すことはできない。我々JOKERが必ず確保し、すべての人々を守ってみせる」
阿良節が企てていたのはこれだった。
善の中に隠れる悪を炙り出し、その悪意から人々を救う。
その決意に満ちた目を見て、彼方は少し嬉しくなった。
「最初からその目を見せてくれたら、僕は紛う事が無かったのに」
「ごめんなさい……。私の中でも君を巻き込む決断がついていなくて」
「まぁ、良かったじゃないですか! 結果オーライってことで!!」
突然大きな声を出す夏々莉。
言葉とは裏腹に、瞳は笑っていなかった。
阿良節は何かを察し、おもむろに指を鳴らす。
同時に二人が受け取ったレポートは光の粒と消えていった。
「決行は1週間後の12月17日。あちらも必ずこちらの動向に気付くはず。あまり時間は残されていないけど、できる限りの備えは尽くしましょう」
彼方達は無言で、しかし力強く頷き、この日は解散となった。
S粒子の創造。
0から1を生み出す。
確かにS粒子を自在に制御できる零と無限の管轄ならそれぐらい出来て何ら不思議ではない。
「無限にS粒子を創造できたとして、できることはどれぐらい広がるんだろうか……」
帰宅後ベッドで横になっていた彼方は自分の想像の及ぶ範囲で考えてみた。
彼に正式に支給されることとなった特殊拳銃。
拳銃としても刀剣としても、弾切れが起こることは無くなるだろう。
おそらく彼方だけでなく周囲で戦う仲間達にもその恩恵は及ぶはず。
「きっと俺の役割は動く弾薬庫ってことか。確かにこの作戦では必要不可欠なポジションだな」
もう一つ、創造と言えば。
「木舘さんが持ってた盾とか槍史さんが持ってた槍みたいな、こう、自分だけの武器って俺にもあるのかな……?」
阿良節からその説明は受けていなかったことを思い出す彼方。
作戦実行までの期間で説明してくれるのだろうか。
もしくは次の目標はその武器の取得か。
「確か……固有顕装だっけか? 俺のはどんなのなんだろう」
彼方は右手を天井に掲げて想像する。
鋭く尖った短剣。炎を吹き出す鎌。全身を覆う鎧。
翠に煌めく盾。
そして拳を握った瞬間。
「――――――うッ!?」
とてつもない激痛が脳裏を襲った。
あまりの痛みに思わず呻いてしまう。
しかしその痛みは一瞬で消え去った。
「何だったんだ今のは……」
彼方は不思議に思うも直後にどっと疲労感が襲ってきた。
「疲れてるんだ、うん疲れてるんだ。今日はもう寝よう疲れてるんだから……」
そう言い聞かせて部屋の電気を消し、布団を深く被った。
今日の寝付きはとても良く、数分と立たないうちに彼方は夢の世界に旅立った。
同刻。
彼女の寝付きはとても悪く、中々眠ることができずにいた。
「……藍樹」
木舘夏々莉は月を見上げ、この空の美しさを見ることができない弟に思いを馳せる。
その瞳から一粒の雫が溢れていった。
「……うぅ……ッ!」
胸を絞められるような痛みに襲われる夏々莉。
彼女はひっそりの魔眼の力を発動させた。
「…………ふぅ」
顔中冷や汗を書きながらも、ゆっくり痛みが引いていく。
「待っててね。お姉ちゃんが必ず、藍樹を助けてあげるから……ッ!」
少女は天に昇る月に誓いを立てた。
今夜の月は、紅い満月である。




