幕間8
——8日目
「シャーロット遅いな」
「1週間ほどって言ってたんだから、まだ遅いってほどじゃないんじゃない?」
まぁそうなんだけどな。 ただ昨晩に月読命が言ったことが気にかかる。
もしかしたら襲われた、なんてことも考えてしまう。
「月読命の前の召喚者はどんな奴だったんだ?」
「……そうですね、一言で言えば非常に上昇志向の強い人間です。 私を召喚した事で秘密結社の人間とも接触を試みて見事なし得ましたから。 もっともそういった権力欲や出世欲が強すぎたため、今回のようになったわけですが」
「今回のように?」
この日本では知らぬ者はいない有名な神である月読命を召喚した魔法使い協会の男は、その強運を利用して秘密結社の仲間入りを果たそうとしたそうだ。 だが、そういった思考の人間は秘密結社では要注意扱いされる為、これ以上つけあがらせない為も踏まえて月読命を手放させた。
「そんなに秘密結社の人間になりたいものなのかしらね」
自分の親が秘密結社の1人と知ってから人生が大きく変わった愛菜がため息をつきながらつぶやいた。
「だいたい秘密結社になんかなれたとしてどんなメリットがあるっていうのよ」
確かにそうだ。 ばれた時点で教団に命を狙われるようになってでもなりたいと思わせる理由がわからない。
愛菜の父親は仕事に行っている為まどかに聞いてみる事にした。
「そうねぇ……一言で言うと真実を知ることができることかしらね〜」
つまりこうだ。 UFOやらUMA、宇宙人の存在やらの真実や脅威を知るらしい。 そして恩恵も受けれるんだとか……
「恩恵ってなんだ?」
「さすがにそれ以上は言えないかしらね〜」
そういうまどかの瞳をそっと覗き込んだ後、納得した俺はそれ以上の追求はやめる事にした。
愛菜はそれを不思議そうに見ていたが、いずれ知る事になるのを分かってなのか聞いてこようとはしない。
そんな感じでその後は何事もないまま夕方になり、愛菜の父親とセッターが帰宅してくる。
そこにはシャーロットの姿もあった。
リビングに集まると、シャーロットからパスポートが渡される。
中を見ると俺の写真があって、名前やら住所などは偽名などになっていた。
「急だけど今から出発よ」
「これまたずいぶんと急だな」
「貴方のせいじゃない。 教団の東京支部を壊滅させたのを忘れたのかしら?」
要するに他所の支部の教団たちが動き出しているらしい。
姫川家ともこれでお別れかと思ったら、簡単な手荷物を持った姫川夫妻の姿が見える。
「まずは全員の移動よ。 ここはもう教団に知られて包囲され始めているわ」
「一体どこに行くんだ?」
「行き先は言えないわね。 さぁ急いで!」
家を出るとすでに数名が待ち構えていて、マイクロバスに乗るように合図をしてくる。
魔法使い協会のものらしく、全員が大人しく従うとマイクロバスは走り出した。
しばらく移動しはじめて疑問に感じたことを口にする。
「ずいぶんと慣れてるところを見ると、以前にもあったのか?」
「これで3度目、今回でやっと急な引越しの意味がわかったわ」
やはりこういう事は以前にもあったらしい。 ただ愛菜には教えていなかったから、今まではただの父親の仕事による急な引越しだとばかり思っていたのだろう。
「それで? 今度はどこに引越しになるわけ?」
「状況が状況だから姫川家は魔法使い協会に守られる事になったわ」
そういっている間にマイクロバスは早くも停車する。
「場所は慣れるまでは大変だろうけど、安全は保障するわよ」
シャーロットに言われてマイクロバスを降りるとワルキューレがいて、俺を見るなり頭を下げてきた。
「ワルキューレがここにいるという事はだ」
「あはは……まさか今度の家は安倍君の家って事ね……って、こんなところに住めるかぁぁぁぁぁ!」
愛菜が叫び声が虚しく響く。
姫川夫妻はシャーロットについていくと神社の脇の入り口から中へと入っていく。
「愛菜ちゃんも急いで。 いつ狙われるか分からないわよ」
「猛獣の檻に入れられる気分だわ……」
愛菜がため息をつきながら入っていくと、意味がわからない月読命は首を傾げながら愛菜の後を追っていく。
「相変わらず家の外なのか?」
「しょ、正直なところ、このような姿を見られたくはありませんでした……」
だろうな……
守護者は食事は必要ないらしいが、やはり汚れはする。 汚れた姿になったワルキューレは見るも無惨で、まるで捨て猫か何かのように見えた。
とりあえず今は愛菜の後を追う事にし、入ろうとすると神社には結界が張ってあり、俺を入れまいと拒んできた。
「これが原因か」
「ええ……」
「よっ、と……」
「貴方は本当になんでもありなのですね……」
どうやらワルキューレには超えられないものらしいが、俺には無力だった……って、あれ? 月読命は普通に入れたよな。
「マスター」
不意に声がかかり、振り返るとセッターたちも入れないようだった。
「もしかしてお前たちも入れないのか?」
「そうみたいです」
「うん、無理っぽいですねサハラ様」
どうしたものか……ワルキューレ同様外で待たせるしかないのか?
「マスター、良い機会です。 そろそろ私たちも戻ります」
不意にセッターがそんなことを言ってくる。
「お、おい、馬鹿なこと言うなよ」
焦る俺をよそにセッターとアラスカ、マイセンが揃って笑顔を見せている。
「マスターのおかげでもう一度娘にも会え、本来ならば絶対に会えることのない娘婿ともこうして会うことができました。 感謝してもしきれません」
「私もです。 この数日間本当に夢のような日々でした」
「僕もサハラ様のおかげでお義父さんにも会えたし、テレビ……映画も楽しかった」
俺からすればセッターは弟のような弟子であり、俺の事を慕ってくれ、一度たりとも俺を疑うことがなかった奴だ。
「もうこれ以上我々が付いている必要はないでしょう。 それに……マスターの記憶もかなりなくなってきているはずです」
「俺のこっちの世界の記憶なんかどうだって良い。 お前たちは俺の側に……」
セッターが頭を振ってくる。
「これ以上こんなことが続いたら、セーラムやマルス、レイチェルに怒られてしまいますよ」
「今後は私たちの力が必要な時に呼び出してください」
そういうと3人の姿が薄くなっていく。
「待て! 勝手に消えるな!」
セッターたちの方へ引き返した時には3人の姿はなくなってしまった。
嫁たちはまだ生きているからいつでも会えるが、セッターたちとはそうはいかない。 最後の記憶ではアラスカとマイセンはまだ生きていて会えるが、セッターだけはもうこうしてゆっくり会うなんてできない奴だった。
なんとも言えない虚無感を覚え、急に孤独を感じる。
「大切な人たちだったのですね」
今のやりとりを見ていたワルキューレが呟くように言った。
「ああ、俺にとって最高の弟子であり弟でありダチだった」
しばらくぼうっとしたのち、なんとも言えない脱力感を感じながら神社に入ると月読命が待っていた。
「皆が待っている」
「ああ……」
月読命に先導されながら移動する。
ふと月読命はなぜ入れるのか気になった。
「ああ、それは……日本の八百万の神は皆仲が良いから、ただそれだけです」
「その割に西洋の神には冷たいんだな」
「それが日本人の気質では?」
そう言われて気がつく。 日本人は異国人に対して決して冷たいわけじゃないが抵抗感がある。
それは言葉や見た目だけなのだが、どうやら神たちも同じらしい。
そんなことを聞かされて思わず吹き出してしまった。
「少しは楽になりましたか?」
月読命なりに気落ちしていた俺を元気付けてくれていたようだ。
「ああ、ありがとうな」
すっかり薄暗くなった神社の中にある建物の中に入っていくと、中には一度だけ会ったことのある安倍の父親が神主姿でいて、その他にも俺たちをここまで連れてきた魔法使い協会の人たち数名、それに姫川夫妻と愛菜の姿があった。
「セッター君達は入れなかったのかね?」
「いや……そうなんだが、良い機会だと言って還っていったよ」
「そうか……それは残念だ。 せめて感謝の言葉を言いたかった」
「伝えておきますよ」
「アラスカちゃんにはもう会えないのね……」
マイセン影薄いな、おい。 まぁあいつはずっとテレビばっかり見てたからな。
軽い会話が終わると安倍の父親が話しだす。
「正直なところ姫川家を受け入れるのは不本意ではありますが、上の指示では仕方がない、というのが本音ではあるところです。 ですが請け負った以上為すべきことはしましょう」
面倒ごとを持ち込まれるのが嫌なのはわかるが、ここまではっきり言うのも凄いな。
「迷惑をかけるがよろしく頼みます」
愛菜の父親は自分たちを請け負うことがどれだけ大変なことかわかっているからか、素直に感謝の言葉を口にする。
「それでは離れのここを自由に使ってください。 出入りは……」
どうやら俺には関係ないらしい。 愛菜を見るとずっと何かを考えている様子だ。
「貴方は明日の朝には飛行場に行くわよ」
シャーロットが俺に声をかけてくる。
「ちなみに俺は1人で行く……のか?」
「当然、と言いたいところだけど他に数名、魔法使い協会の者がついていくわ」
いやぁ助かった。 正直海外旅行も修学旅行程度だったから不安だったところだ。
「数名?」
「ええ、1人は私。 これは罪滅ぼしのつもりよ。 それから……」
シャーロットから詳細を聞かされいよいよなんだと感じさせられる。
敵である教団の本拠地。
いくら俺が強いと言っても相手も神殺しやらが守護者として待ち受けているのだろう。
その日は結局、姫川夫妻は安倍の父親と色々な打ち合わせ的なもので別れの言葉もいう機会がないままになってしまった。
愛菜は気がつくと姿が見当たらなくなっていた。 まぁきっと別れが辛いとかなんだろうな。
俺はそっとピアスのフェンリルに声をかける。
「フェンリル調子の方はどうだ?」
“んー、だいぶいい感じになった”
「ずいぶんとワルキューレにやられたんだな?」
“攻撃自体はさほどじゃなかったはずなんだ。 だけど異常に応えた感じ”
そこでふと思いだす。 神話に登場するフェンリルと俺の氷の最上位精霊のフェンリルは別物であるはずだが、もしかしたら言霊的な効果でもあって北欧の神々に対して何らかの効果があったのかもしれない。
「主神オーディンを喰った狼か……まさかな」
“なんか言ったか?”
「いや、何でもないよ」
そして翌朝を迎えることになる。
毎回更新が遅くなって申し訳ありません。




