幕間1
パスポートが届くまでの間の事だ。
翌日には気分スッキリとさせた元気な姿で愛菜が起きてきた。
「おはようサハラさん」
「お、おう……」
昨日の今日でこの変わり様、はっきり言って不気味にも思えたが、ここで余計な事は言わないほうがいいだろうとあえて黙っておく。
愛菜の母親が忙しそうに朝食の準備をしていて、リビングも2階の倉庫にしていた部屋から運んできたらしいテーブルがあった。
「お口に合うかわかりませんがどうぞ」
そう言って並べられた朝食は、俺にとっても懐かしいザ和食。
ご飯に味噌汁、納豆に焼き鮭に海苔、と昔お袋が作っていたものを思い出させてくれるものだ。
この中でもやはり納豆の匂いには全員最初こそ抵抗があった様だが、俺が食べているのをブリーズ=アルジャントリーが真似ると勢い良く食べ始めた。
セッターだけは苦手だった様だが、他のみんなは気に入った様子だった。
「ところで沙原君……で、良かったかな?」
「ええ、構いません」
朝食がある程度済んだところで愛菜の父親が確認する様に話しかけてくる。
今の俺は元の男の姿だ。 おそらく召喚した者たちから様付けやマスター、世界の守護者などと呼ばれているからだろう。
「愛菜は沙原君が守ってくれるとして……誠に厚かましいお願いなんだが、私と妻にも警護を付けてはもらえないだろうか?」
支部長がいなくなったとはいえ教団自体がなくなったわけでは無い。 そうなると姫川家は狙われ続けるのだから、心配なのは当然といえば当然だ。
「最初からその予定で、姫川さんにはセッターを、姫川夫人にはアラスカについて貰うつもりです」
セッターとアラスカ佇まいを直して頭を下げる。
ロルスはその外見から一緒に外出は無理で、マイセンには家の安全を確保して貰わなければならないし、ブリーズ=アルジャントリーの能力は警護には向いてない。
「アラスカには後で髪染めをして貰うつもりなので、多少は目立たなくなると思う」
とはいってもアラスカもこの世界ではモデル並みの美人だろう。
あとで実際に髪を茶髪に染めたが、日本人には程遠い顔の作りにため、染めても染めなくてもあまり変わりは見られなかった。
ただ1人そんな変化を喜んでいたのは夫であるマイセンだけだ。
食事が済んだ後、俺は愛菜の母親と一緒に服を買いに行く。 もちろん女体化して軽く変装はしておく。
愛菜の母親が運転する車に乗り込む。
「あなたには感謝してもしきれないわね」
運転しながら不意に話しかけられた。
母親なのだから当然だろうが、愛菜似で年齢の割に若く見えてなかなかの美人だ。 まぁ実際の年齢は知らないが、どれだけ早く子供を作ったとしても30代後半はいってるはずだろう。
「いえ。 むしろこちらこそ私の仲間たちの食事やらでご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」
ちょうど信号で止まると変装に使っているサングラスをどけてきて俺の顔をジッと見つめてくる。
「な、なにか?」
「本当に驚くほど美人さんなのね。 それに言葉使いまで女性らしくなってるし」
「え、ええ、一応一時期王宮で侍女もしていたことがあるので」
信号が変わってまた運転に集中したところでサングラスを直す。
「うち子の誰に似ちゃったのかつっけんどんなところもあるけどよろしくお願いしますね」
「……はい」
母親にそう言われると違う意味合いにも思えてしまうがとりあえず返事だけしておいた。
買うものを買って駐車場に戻ろうとした時だ。
後をついてくる奴がいる。 それを愛菜の母親に警告しようとした時にあちらから声をかけてきた。
「そこで止まってもらおうか、姫川まどか」
おお! 初めて知った愛菜の母親の名前! じゃなかった。 この声には聞き覚えがある。
振り返るとやはりあの時のじじぃだった。
「うちの支部がやられるとは情けない話だが、まぁあの守護者が相手では仕方があるまいか。 おとなしく一緒に来てもらわんと、隣にいるお嬢さんにまで害が及ぶぞ?」
姿はじじぃ1人しかないが他に2つある。 間違いなくギガースとあの正体不明の守護者がいるのだろう。
「ここは私が引き受けます。 離れていてください」
心配そうな顔をまどかが見せながらも距離を置くのを確認した俺は身構える。
「ふむ、お主、守護者か」
そういうと早速とばかりにギガースと正体不明の守護者が姿を現してくる。
「果たしてこの2人相手にどこまでやれるかな?」
通常、守護者は1人につき1人だと思ったが、このじじぃは違うらしい。
そしてこのじじぃの守護者は俺にとって非常に相性が悪い。
召喚の力で呼び出すにしても相応の人物でもないと無理だろう。
ギガースには神性の人物では倒す事はできないし、正体不明の守護者の強さも未知数だ。
「仕方ないか……」
「諦めたのか?」
「いや違うさ。とっておきを呼び出すか迷っていただけだよ」
俺に向けて何かしてくる。 だが何も起こらない事で目を見開いてきた。
「……主、まさかあの時の小僧か?」
あからさまにじじぃが警戒してくる。 俺を強制的に守護者にできなかったのを思い出したのだろう。 そして今も同じ事をしたとみて間違いない。
「アリエル、ウェラ、ルースミア、来てくれ!」
召喚の力を使い、俺の切り札とも言える3人を呼び出した。
赤毛でボリュームのある髪をリボンで結んでいるのがアリエル。 【自然均衡の神スネイヴィルス】の代行者で神聖魔法と魔法を使えるスペシャリストに加えて、始原の魔術を行使できるボンキュボン。
青紫色のローブに身を包んだ腰まである長い金髪のエルフは【魔法の神エラウェラリエル】。 魔法の神だけにすべての魔法を行使できるスリムなモデル体型。
そして最後に姿を見せたのは燃えるようなあり得ない紅い髪色をしていて、目は瞳が縦に割れたルースミア。 赤帝竜と呼ばれる竜の神で、愛菜と歳が同じぐらいに見える少女……は言い過ぎか。
「あれ、サハラさん正気に戻ったの?」
「というよりもここはサハラさんの元の世界だった場所のようですね」
「主よ! 逢いたかったぞ!」
アリエルは俺の心配を、ウェラは的確に判断を、ルースミアは素直な感想と三者三様だ。
「3人とも話は後だ。 力を貸して欲しい」
俺が見つめる相手を見た3人も慌てる様子もなく身構えた。
「ふん、小娘が3人増えたとて儂の守護者には敵わん……」
「ねぇねぇウェラ、アレって前にサハラさんの家で見たギガースとテュポーンじゃない?」
「あー! 言われて思い出しました! えーと確かギガースは……」
「おお、それはいろんな魔物が載ってるヤツだな?」
おいそこっ! 何いきなり『幻想世界の生物辞典』の本を開いてんだ! じゃない。 アレも勝手に持っていきやがったのか!
「あのギガースってヤツ、神性の攻撃は聞かないみたいよ」
「という事はアリエルさんしか倒せませんね」
「ホホォ、それは本当かどうかぜひ試してみたいものだな」
敵を目の前にしているというのに3人の嫁はわいのわいのしながら本を見ている。
というかあの正体不明の守護者はテュポーンだったのか。
「お前ら!」
ちょうど確認も終わったらしくウェラがそそくさと本をしまい、俺に笑顔を向けてくる。
「主よ! 我がアレの相手をしてみてもいいか!?」
ルースミアは神性の攻撃は無力化するかを試したいようだ。
「くっ……ふ、ふざけるなぁぁぁぁあ!」
俺が怒るよりも先にじじぃがキレるのが先だったようだ。
キレたついでに先手必勝の如くギガースをけしかけてきて、その手に持つ長槍が嫁であるルースミアを刺し貫かんと迫る。
対するルースミアはというと、防御の姿勢も取らずにその攻撃をその身に受けた。
——ガツン!
長槍はルースミアを貫通させる事なく表皮で止まっていて、薄っすらとその部分が紅い鱗になって見えた。
「我の鱗を貫通させたければそんな玩具程度では敵わんぞ?」
うん、相変わらずめちゃくちゃな存在だ。
「それではこちらの番だ。 我も一応は神性を備えているから、当然耐えて見せてもらうぞ?」
ルースミアがギガースに飛びかかり、おそらく渾身の力で殴りかかった。
なぜ俺がそう思ったかというとだ。
——ドッパァァァァァァァァァァァアン!
あの神性の攻撃は無力化するはずのギガースが、ルースミアの一撃でまさしく木っ端微塵となってしまったからだった。
「ルースミアの勝ちぃ!」
「やはりルースミアさんは規格外ですね」
「脆い、脆すぎる」
相変わらず余裕を見せる俺の嫁ーズ。
それを信じられないものを見たとでもいう顔をさせているじじぃ。
「お、おお、おのれぇぇぇ! ならばかのオリュンポスの神々すら恐怖したコイツが相手じゃぁ!」
おいじじぃ、コメカミの血管が切れそうだぞ……
素っ裸の超絶美女……俺の知る中で【死の神ルクリム】のように今のを見ても表情1つ変えないテュポーンが、嫁ーズに絶え間ない炎弾を放ってくる。
だがそれすらも赤帝竜であるルースミアには全く無力だった。
「赤帝竜と呼ばれた我に炎とは愚かだな。 そのオリュンポスの神々とやらも大した事はないようだ」
いやいや、お前が規格外過ぎるだけだ。
そしてその絶え間ない炎弾を浴びたせいで、衣服は完全に燃えてしまいルースミアも素っ裸になってしまった。
「広さは問題ない。 人気も無さそうだな」
気がつくとアリエルとウェラが俺の元まで来ていて、ずるずると引っ張っていく。
俺たちが離れたのを確認したルースミアが、本来の姿である超弩級の大きさのドラゴンへと変えて大きく息を吸い込んでいる。
「本物の炎とはどういうものか思い知るがいい!」
ルースミアなりに気を使ったんだろう。 ブワァっと長くではなく出来るだけ短くブレスを吐き、それが済むとすぐに人の形に戻る。
そこにはすでにテュポーンの姿は無く、即死させられたようだった。
そしてテュポーンの方にいたじじぃもまた、ルースミアの吐いたブレスの熱気により炭と化していた……
「えーと、帰りましょうか?」
俺が思い出したようにまどかを見ると……
へたり込んで地面に大きなシミを作っていた。
親子だなぁ……
いい歳して粗相をしてしまった事に顔を赤くさせながら、俺の他に3人の嫁を乗せて姫川家の帰路につく。
家に戻るとまどかはそそくさと何処かに消え、愛菜やセッターたちは嫁ーズの姿に驚く。
そしてその日は今日までの出来事を説明したり、こちらの世界の服に感動の声をあげたりで終わってしまった。
ついでに言うと、嫁ーズはせっかく呼び出したのならしばらく堪能したい! とそのまま居残る事になり、姫川家は更に人が増える事になってしまった。
夕飯をロルスが堪能し、嫁ーズにそれぞれ風呂を一緒に入って教えてもらったりと大忙しの1日となった。
ちなみにセッターとマイセンは俺と風呂に一緒に入って教えたのだが、女体化しているのを忘れていてえらい騒ぎになったのは言うまでもない。




