召喚の力の代償
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愛菜の父親の車で戻った俺たちは、当然ながらロルスとブリーズ=アルジャントリー、西洋人の男に加えて俺の姿に驚く。
「マスター……その姿は……」
そうだった。 セッターも俺の女体化した姿は初めてで、なぜか赤面してやがる。
「噂の謎の超美女4人は貴方だったのね」
シャーロットが合点がいったようだ。
「秘密結社でも注視していたのだが、そうか、君だったのか」
西洋人の男がまだ気絶しているのを確認してから、愛菜の父親が秘密結社が俺たちのことを何者なのか観察していた事を明かしてきた。
そのあとしばらくは俺の事に加えてロルスやブリーズ=アルジャントリーの話が続き、ひと段落したところで話を切り出した。
「とりあえずこのままだと姫川家は秘密結社の者だと教団には知られてしまっている。 俺がいなくなった後、秘密結社はこんな状況の時何かしてくれるのか?」
思った通り渋い顔を見せてくる。 それは当然だろう、姫川一家を守る為に接触してくる者は少なくとも秘密結社に近しい人物という事になるのだから。
「だから教団の本拠地を叩きに行こうと思っている」
愛菜と愛菜の両親、それと深雪と深雪の父親の久保が驚く。
「無茶だ! いくら君が強いとは言っても、教団の本部ともなれば、支部とは比較にならない人数と強力な守護者がいるんだぞ!」
分かっちゃいるんだけどな。 だけどそうでもしなきゃ愛菜と愛菜の両親は一生狙われる事になる。
それに今の俺は、俺に携わった人物たちを召喚する力をいつの間にか与えられた。
誰からといえば、そんなことができるのは創造神以外にいないだろうが、今創造神は身動きが取れないはずだが……
「ここに今いる仲間たちも強いが、彼らを凌駕する者がまだいる。 だから大丈夫だ」
今この場に召喚されているのは、【保護の神ロルス】を除けば神ですらない。
確かに史上最強と語り継がれているセッターとその娘で7つ星の剣にも認められたアラスカ。 そしてその夫であり神ですら殺し得る力を持つマイセン。 そしてグラントは先を読み通す事に長けているキャビン魔導王国の女王の中でも特に戦術に長けている。
ブリーズ=アルジャントリーに至っては、神ですら手を出せない時空を操る。
みんな素晴らしい力を持っているが、俺がまだ呼び出していない特に1人は、おそらく誰もかなう者はいないだろう。
「だとして、場所は分かったのかしら?」
「場所ならそこで意識を失っている西洋人の男からすでに聞いたさ」
シャーロットが倒れている西洋人の男を見つめる。
「そいつに何か聞きたい事があるんだろ?」
冷静を装っていたシャーロットがハッと俺の顔を見る。
「貴方には何でもお見通しなのね」
「そうでもないさ。 ただの勘だよ」
「……そういう事にしておくわ。 でもこの男がそう簡単に口を割るかしら?」
「その為にロルスにまだいてもらってる」
シャーロットが意味がわからずにロルスを見つめる。
「世界の守護者、一応、今の私は【保護の神ロルス】であって、ドラウの女王ではないのは理解してもらえているのかしら?」
「いやぁ、そのなんだ。 愛菜に仕出かしてくれたこいつの所業を見て、ついカッとなってね。 気分を害したのなら謝罪するよ」
その言葉を聞いてロルスは妖艶な笑みを浮かべてくる。
「それでは要件が済んだら、世界の守護者の元の世界である、ここの世界の料理を食べさせてもらう事にするわ」
俺が再現したハンバーグとカレー、クレープは神々の間でも相当人気だったそうだ。 そこに加えて俺の嫁の1人でもある【魔法の神エラウェラリエル】が一度こっちに来た時に食べた話を聞いていたらしい。
「了解した。 シャーロットはロルスとそこの男と一緒に結界を張って聞きたいだけ聞くといい。 理由は始まればわかるさ」
さっきの拷問を見た愛菜とブリーズ=アルジャントリーが思い出したようで吐き気を催している。
「それじゃあ私はそろそろお暇しますわ。 久方ぶりに会えて嬉しかったですわサハラ様。 また必要な時があればいつでも召喚をお待ちしてますわね」
そういうとグラント女王は消えていった。
「マスター、私たちはどうしますか?」
「セッターはもうしばらく警護を続けてもらいたいんだが……問題あるか?」
「それは別に構いませんが、マスターはなんともないのですか?」
ん? 何か今大切なことを言われた気がする。
「それはどういう意味だ? セッター」
セッターが気まずそうな顔を見せてくる。
「マスターはなんの条件もなく私たちを召喚できると思っているのですか?」
代わりにアラスカが答えてきて、俺も気がつく。
俺の世界では恩恵を受けるとその対価が必ず求められる。
と、即座に思い浮かんだのは嫁たちの心配だ。
「まさかウェラ、アリエル、ルースミアに何か!?」
「違いますよ、僕達を呼び出すたびにサハラ様の記憶が消えていってるんです」
そういうとマイセンが誰かの幼少期の話をしはじめる。
「……今のが僕を召喚した事で失ったサハラ様の記憶です」
どうやら俺のこのとんでもない力は、俺の記憶を食いつぶしていくらしい。
念のためにセッターやアラスカ、ロルスにブリーズ=アルジャントリーにも聞いてみると、まだごく僅かな時間だが身に覚えがなくなっていた。
「つまり呼び出したり滞在させていると俺の記憶はどんどん失うというわけか……
まぁ今聞いただけだと大した記憶でもないし、俺の記憶はもう数百年もあるから問題ないだろ?」
気軽に答えたつもりだったが、ブリーズ=アルジャントリーが俺に詰め寄ってきた。
「思い出は大切なものでありんす! こなたの まんま続けるとサハラ様のお父様やお母様の記憶もなくなってしまうんでありんす!」
「おそらく世界の守護者の召喚の力は、こちらの世界の記憶が対価だと思うわ」
更にロルスが付け加えてきた。
それを分かっていながら先ほどの要求をしてきたあたりは、ロルスも立派に神になられたようだな
それはそうと、そうなるとバンに引かれるまでの27年分しかないって事か。
「人間、死ねば全てが消えて無くなるんだ。 それに俺はもうこの世界の住人じゃないし、今はあっちの世界でそこそこ楽しく生きてるつもりだ。 このぐらいの対価なら仕方ないさ」
ブリーズ=アルジャントリーはまだ何か言いたげだったが、それよりも先に愛菜の父親が声をあげた。
「君がそこまでする理由は一体なんなの……」
「——馬鹿じゃないの!?」
愛菜が目に涙を浮かべながら叫んできた。
「馬鹿じゃないの!? ただ召喚されて強制的に連れてこられただけで、巻き込まれただけなのになんでそこまでするの!? 契約だって破棄したのになんでそうまでして私を守ろうとするの!? 私にはそれだけされても返せる対価なんて無いのよ!? そうまでする理由って一体何なのよ!」
泣き喚きながら俺に詰め寄ってくる。
「——守ってやるって約束しただろう?」
俺の答えを聞いた愛菜は一瞬ピタっとおとなしくなった後、俺にしがみつきながら大泣きしだしてしまった。
「馬鹿よ、大馬鹿だわっ!」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁと泣き出してしまった。
こいつはまいったなぁ……
というわけで愛菜の母親に救いの目を向け、愛菜を任せることにした。
愛菜の母親が愛菜を部屋に連れて行ったところで今後の話を進めることにする。
当然ながら敵の本拠地に乗り込むとなれば国外に出ることになり、当然ながら飛行機を使わねばならずパスポートも必要だ。
「そこは私に任せて貰えばいいわ」
そこはシャーロットがパスポートの方は何とかしてくれることになったまではいいのだが、日数はだいたい1週間ほどかかるらしい。
1週間か……暇だ。
「そういえば久保さんの方は大丈夫なんですか?」
愛菜の事ばかりですっかり忘れていた。 深雪も今後は狙われるんじゃないか?
そう思ったが支部長が死に、襲撃してきた者たちも殺した事でたぶん問題無いということだった。 ただし2人とも今後は姫川家と俺には関与しなければということらしい。
「お父さん!」
「深雪、諦めなさい。 お前だってこの人のことを見て、お前が割り込む余地が無いことぐらい分かっているんだろう?」
「ふぇ! なんで!?」
おおう……深雪の天然は本物だったのか!
深雪の父親もこれには呆れた様子を見せて、とりあえず深雪の手を引っ張って頭を下げながら家を出ていく。
当然ながらエリニュスも深雪の後を無言のままついていった。
まぁ、エリニュスがいれば安心だろう。
「私もそろそろ召喚者の元に戻ります。 残念ながら私では力不足を実感しました」
ワルキューレが恥ずかしげもなく自分の力量を言ってくる。
“そんなことは無いぞ。 お前はこの氷の最上位精霊と対等に戦ったのだからもっと誇っていいぞ”
ワルキューレと戦ってからあまり戦闘には出しゃばってこなかったフェンリルが、ここに来て姿を見せる。
フェンリルの奴、もしかしたら結構な痛手を負っているのかもしれないな。
「謝辞として受け取っておきます。 サハラ、あなたの健闘を祈っています。 では!」
そう言ってワルキューレも姫川家を出ていった。
彼女は安倍のところに戻ったらまた路上生活に戻ってしまうのだろうか……それだけは正直心配だったが、安倍の守護者である以上俺が口を挟むべきじゃ無いのだろう。
こうして残されたのは姫川夫妻とシャーロットと俺たち、そして西洋人の男だけとなった。
この後、シャーロットはロルスの助力で聞きたい事を聞き、準備のため早々に姫川家を出ていった。 西洋人の男は結界内で処分したようで姿がなかった。
内容は後でロルスに聞いた限りだとシャーロットの個人的なもので、教団についていた理由だったらしいが、ロルスには意味がよくわからなかったそうだ。
そのロルスも3日ほど愛菜の母親の料理をご馳走になったあと満足げに消えていった。
姫川家の警護を兼ねて残ったセッター、アラスカ、マイセンは主に姫川夫妻の警護を任せたのだが、マイセン以外は規律を重んじた7つ星の騎士だけに任務を堅実に遂行していた。
特にアラスカは買い物などで出かける際、ハーフとはいえエルフの容姿は目立つため、髪染めで茶髪に染めることになったのだが驚きつつも喜んでいたようだ。 もっともそうしても目立っていたようだが。
そんなこんなで約1週間後に約束どおりシャーロットが俺のパスポートを取って戻ってきたのだった。