愛菜の救出へ
目的の場所は表向きはごく普通の会社にしか見えないビルだった。
ごく普通のとは言ったが、場所は一等地にも関わらずそのビルはまるまるその会社のもので、土地もかなり広く見える。
そしてその会社に俺は今入り込もうとしているのだが……
俺は今、大量の人に囲まれていた。 それはさながら有名人にでもなった気分だ。
……いや、ある意味で有名人なのかもしれないな。
「あのぉ巷で話題になってる、謎の超美女の1人ですよね?」
超美女って……その呼び方やめて欲しいのだが。
「今日は他の3人はいないんですかぁ?」
「わぁー本当に可愛い!」
「顔小さいよねぇ」
「あれが八頭身ってやつか」
「一緒に写メ良いですか?」
などなど……
まさかここまでとは想像していなかった。
というか、そもそも女体化した俺はそんなに美形なのか?
ただ噂で大げさになってるだけだと思うんだが……
しかし、初めて女体化した時も男に囲まれた思い出があるから、元の姿よりも美化されているのかもしれない。
……と、そんなことよりも早く愛菜を助けないといけないな。
愛想笑いを見せながら適当に手を振ってごめんなさいをして目的のビルに入り込んでいった。
広いロビーの受付には外の様子に何事かと人が集まってきていたが、俺の姿を見て納得した様子を見せると持ち場に戻っていく。
ここの連中には俺の事などどうでも良いことなのだろう。
そして俺はというと、受付と書かれた場所に向かっていった。
受付には当然受付嬢がいるわけだが、俺が近づいても笑顔1つ見せはしてこない。
「いらっしゃいませ、何かご用でしょうか?」
「ここで一番偉い人に話があるんですが」
「本日、支部長にご予約はなかったと思いますが……」
「ええ、アポ無しです。 ですが実は重要なお話があって来ました」
「ご予約が無ければお通しする事は出来ないので……」
「では姫川愛菜さんの件でとお伝え願いませんか?」
「はぁ」
受付の女はやる気がなさそうに首をかしげながらも内線で何処かに連絡を取り始めた。
さて、ここからどうするか。
俺は昔から作戦だ戦術だってのは苦手で行き当たりバッタリなやり方しかできない。
内線で連絡を取る受付嬢が急に態度が変わり、ペコペコさせながらハイハイと何やら指示を出されている様だ。
その様子を見つめながら辺りを見回してみるが、ぱっと見は本当にごく普通の会社にしか見えない。 これがあの教団なのかと思うほどだ。
「大変お待たせいたしました。 支部長がお会いになるそうですので、こちらへどうぞ」
1人しかいない受付をほったらかしていいのかよ。
とは思ったが、おそらく訪れる客なんかそもそもなく、形式的にあるだけだろうな。
つうか、訪ねてきた相手が誰かも聞かないでいいのか?
受付嬢について移動していくと、エレベーターに乗って上の階に行くものとばかり思っていたら、地下へと下りていく。
「地下なんて珍しいですね」
「はい、特別なお客様をおもてなしする時はこちらを利用する様になっております」
対応も少しばかり丁寧になった気がする。
まぁ当然姫川家の事を口にしたのだから怪しまれているのは間違いないだろう。
チーンと音がなり扉が開くと表向きとは一変して、目の前には教団の服装を着た人だらけに変わった。
「こちらへ……」
俺が驚いて足を止めたため、受付嬢が声をかけてきた。
「あ、はい。 えーっと、さっきとはずいぶんと様変わりした様に見えますね」
「ここではこれが正装になっているだけですので」
これ、何も知らないで来たら絶対に今すぐ帰りたくなる光景だな。 いや、なるほど……地下なら逃げだす場所も限られるというわけか。
受付嬢が部屋の扉を開けて頭を下げている。 入り口の上には応接間と一応書かれていた。
部屋の中に入ると、中にはテーブルとソファがある。
普通なら何かしら飾りなどがあるものだが、そういったものが一切ない。
「こちらでしばらくお待ちください。 まもなく支部長が来ますので」
そういって受付嬢が出ていった。 どうやら茶の一つも出ないらしい。
習慣というのは悲しいもので、女体化した時の俺は意識も切り替わっている様で、ソファに腰を下せば気がつかないうちに勝手に膝を揃えてくの字に曲げて座っている。
しかも侍女としての訓練も受けていたせいで、背筋も綺麗に伸びていた。
うー……助かるっちゃ助かるが、男として情けないったらないな。
1人自己嫌悪に陥っていると、扉が開いて2人中に入ってきた。
もちろん目で見えているのは1人だが。
「巷で噂になっている女性らしいですが、一体何のご用ですか?」
こいつもやはり名は名乗らないようだ。 社会人としてどうかと思うんだがなぁ。
「はじめまして、私は西野サラと言います」
仕方がないのでこちらから名乗る。 もちろん偽名だが。
「これはご丁寧にどうもありがとうございます。 それで当社に御用件は一体なんでしょうか?」
名乗ったらせめて名乗り返せよ!
「実は友人の姫川愛菜さんがこちらにいると伺ったので、会いに来たのですが……」
「それは一体どなたから聞いたんですか?」
姿勢を前かがみにさせて聞いてきた。
少なからずとも食いついてきたことは間違いないだろう。
「それは、秘密ですわぁ。 ただ噂になっている存在ですから、色々な伝だけはあると思っていただければと」
思わずある人物の真似をしてしまった。
目の前の男は明らかに警戒した様子を見せはじめてきている。
「……秘密結社というのはご存知ですかな?」
「秘密結社ですか? なぜそんな質問をしてくるんです?」
「答えてもらいたいのですが」
「名前ぐらい知ってます。 レオナルドダビンチもその1人だったとか言われてる組織? でしたっけ?」
そう答えると支部長は急に態度の軟化させる。
「ははは、そうです、それのことですよ」
「はぁ? なぜそんな事を聞いたのかわかりませんが、それと愛菜さんが何か関係しているんですか?」
「いえね……」
そういった直後に見えないもう1人が俺に襲いかかってくる。
感知で気づいてるため、いる場所が分かっているだけだが、そいつが俺の意識を刈り取ろうと肩の辺りを殴ってきた。
もちろん躱すことも可能だが、このままではいつまで経っても愛菜のことは誤魔化され続けるだけだろうし、下手に正体を明かせば逃げられかねない。 故に俺は、わざと受けて気を失ったフリをすることにした。
「うっ……」
パタンと崩れ落ちる。 もちろん意識を失ったフリだ。
「さて……どうしたものでしょう。 まぁ噂の人物には噂にでもなって貰えばいいですね」
支部長が疑う様子が感じられないところを見ると、どうやら上手く騙せたようだ。
我ながら見事な演技だ。 アカデミー賞でも貰えるか?
抱きかかえられて何処かへ移動していく。
正直男なんかに抱えられて気持ち悪いがここは我慢だ。
支部長の言葉通りなら俺を殺そうとでもするのだろう。 移動先に愛菜がいる事を願いつつ俺は機会を待つことにした。




