攫われた愛菜
集まっている場所から少し離れた高い位置でエーテル化を解く。 これでもう今日はエーテル化する事はできなくなったが仕方がない。
見下ろすと教団服の人物が3人、それと3人の守護者らしい姿もあり、どうやら接敵に対する感知能力はないらしく気がついている様子はないようだ。
椅子に拘束されている男女の姿、おそらく愛菜の両親だろう。 と、そして言い争う深雪の父親の姿があり、愛菜は椅子に座らされていて手を押さえている。
あいつら愛菜の指を折ったのか!?
もう少し守護者の様子を伺って正体さえ分かれば対応もしやすくなるんだが、これはそうも言ってられる状況ではなさそうだな。
贖罪の杖を取り出し、縮地法でまずは身動きの取れない愛菜の両親の元に移動して拘束から開放する。
「待たせたな愛菜! 早くこっちに来るんだ!」
「サハラさん!」
俺に駆け寄ろうとした瞬間、愛菜が別の教団員の1人に捕まってしまい首筋にナイフを突きつけられてしまう。
「ちっ!」
「おお、君が噂の守護者か」
「なっ、君は! 深雪はどうした!?」
あれが教団員の守護者なら、教団員を倒せば守護者も消えるはずだ!
即座に愛菜を掴む教団員の目を覗き込み断罪して贖罪の杖を向ける。
「う……うわぁぁぁ! ひぃぃ! や、やめろぉぉ!」
あの教団員の男にどんな贖罪が行われたのかまではわからないが、これでその教団員の男が死に、側にいた守護者も1人消えた。
「なっなんだと!」
贖罪してやるつもりだったが、残った2人の教団員が贖罪された教団員の方を見ていて断罪ができない。
この強力な力にも欠点があり、最初に相手の目を見つめて断罪する必要がある。
「フェンリル!」
となれば守護者の正体がわからない以上その召喚者を倒してしまうのが手っ取り早いという事だ。
「守れ! 守護者!」
俺の命令で飛びかかるフェンリルに素早く反応した守護者が教団員の男を守る。
よしっ! あの守護者の召喚者はあいつで間違いない!
フェンリルが守護者を相手にしているうちに、召喚者である教団員の男の目の前に縮地法で移動して目を見つめて断罪する。
「いやぁ!」
「愛菜!」
断罪を終え贖罪しようとしたところで愛菜の悲鳴と呼ぶ声が聞こえて振り返ると、そこには愛菜の腕を掴んだ教団員の姿があった。
「どこのおとぎの守護者か知りませんが、よくもやってくれましたね!」
「その手を今すぐ離せ!」
すると愛菜を掴む男は目を閉じる。
「一連の動作から見て、君は相手の目を見なければならないようだ……」
ちっ……いずれはバレるだろうとは思っていたが、たった今断罪した動作で見切ったってわけか。
「仮にそうだとして、目を閉じたお前に俺の攻撃を避けられるとでも思っているのか?」
「ええ! 避けられますとも! 守護者今すぐにこの場から撤退するぞ!」
——しまった!
愛菜の腕を掴む教団員の男の姿が徐々に薄れていき、掴まれている愛菜の姿も薄れていく。
「今日のところは君の勝ちです。 だがこの娘はいただいていきましょう」
「待て! 逃げるなクソッ! 愛菜!」
「サハラさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
手を伸ばして俺を掴もうとしながら、そんな声だけを残して教団員の男とその守護者、そして愛菜も消えてしまう。
手を伸ばしていた愛菜が消えた場所まで俺も手を伸ばしながら走ったが間に合わなかった。
「ちくしょお!」
マズい、マズいぞ。 さっきのやり口からしてこのままだと愛菜の無事の保証がない。
「おい君、君は愛菜の……その、守護者なのか?」
愛菜の父親が俺に声をかけてきた。
「守護者として召喚されたのは確かだが、今は守護者じゃない」
「それはどういう意味だ? 守護者でもないのならなぜ愛菜を守ろうと……」
パキパキパキパキッ!
そんな音が聞こえて音のした方を見ると、フェンリルが残った教団員の守護者を氷漬けにしていた。
「話は後だ」
今は愛菜の連れ去られた場所を聞くのが優先だ。
「おい……愛菜の居場所を言え。 言わないとお前もさっきの奴と同じように死ぬ事になるぞ」
残された教団員の守護者が氷漬けにされたのと、さっきの奴と言ったのが効果があったのかすっかり怯えた様子を見せている。
“サハラ、コイツはまだ死んでない。 トドメを刺しておくか?”
どうやら氷漬けにされた守護者はまだ死んでないらしい。 倒されていれば守護者は消えるはずだからフェンリルの言うとおりなのだろう。
「大丈夫だ。 おい、わかっているな? もしそいつをけしかけようものなら、お前が先に死ぬ事になるからな」
そう脅すとコクコクと首を振ってきた。
「愛菜は、愛菜をどこに連れて行ったんだ!」
「まだ17歳なのよ! お願い教えて」
愛菜の両親が教団員に詰め寄ってくる。
「言えない! 言えば俺は消される!」
「なら今ここで死ぬだけだぞ」
愛菜の両親が情に訴えてみるが口を割ろうとはしない。
だがだからと言って急がなければ愛菜の生命に関わりかねない。
「ば、場所は言えない。 だがこれだけは確かだ。 連れ去られた女はいたぶられはするだろうが殺されはしないはずだ」
つまり魔法使い協会と秘密結社の本拠地を知る為に必要というわけか。
となればこちらにはまだ愛菜の両親がいるのが救いか。
「ちょっといいか君! さっきの話は本当なのか!? 教団は秘密結社の悪事を暴くんじゃなかったのか!?」
「それは下っ端にだけ教えている情報だ。 教団の真の目的は先ほど言ったとおり……世界の救済だ」
深雪の父親が教団の真の目的を知り愕然としている。
「私は……私はなんてとんでもない事をしてしまったのだ……」
「久保……さんと言いましたね。 知らなかったのだから仕方がないです」
「しかし! 私は騙されていたとはいえ貴方方の大切な娘さんを!」
「娘は無事なのだと聞けましたし、貴方の気持ちは十分に伝わりました。 それよりも今はこれからですよ、久保さん! 私達を手伝ってはもらえませんか」
「も、もちろんですとも! 私も真実を知った以上さすがにこれは放ってはおけない。 それに……今後は私も狙われることでしょう……」
よかった……とりあえずこれで深雪の父親と対立する事はない。
となるとだ。
「久保さん同様、お前ももう裏切り者扱いにされるんじゃないのか?」
当然少しだろうが情報を提供してしまったこの教団員も安全とはいえないはず、そう思って揺さぶりをかけてみる。
「そんなはずはない!」
味方に引き込もうかとも一瞬思ったが、いつ裏切るかもわからない。
「そうか、なら好きにすればいい。 ただし、守護者の契約を解除したらだ」
「俺を逃してくれるのか?」
ここでコイツを殺しておいたほうが確実なんだろうが、守護者さえいなければ俺の脅威にはならないだろう。
それにあまり容赦なく殺すところを見せたら、愛菜の両親と深雪の父親が不安がるかもしれないからな。
教団員の男が契約を解除したのを確認して開放すると、逃げるようにして去っていった。
「ところで君、深雪は放っておいて大丈夫なのか? 君は深雪の守護者なんだろう?」
そうだった。 深雪の父親と初めて会った時は深雪の守護者だったんだな。
「今は誰の守護者でもない。 契約は破棄した」
「は?」
「え?」
「誰とも契約をしていない?」
まぁそうなるだろうな。 普通は契約を解除すれば消えるはずだからな。
「どうやら俺は契約がなくても存続できるらしい」
俺の答えに驚く3人の顔を眺めながら、俺の元まで来たフェンリルを撫でてやる。
「確かに膨大な魔力量を持つ守護者は召喚者が居なくてもしばらくは存続できる事は聞いた事があるが……」
「それなら今1人きりのうちの娘が危ない!」
「それなら安心してほしい。 あの時一緒に連れてきた教団員の守護者が深雪の守護者となって守ってくれているはずだ。
「は、はは……君は一体どんな存在なんだ」
「とりあえず今は場所を移動したほうが良いんじゃないかしら?」
「そうだな、ひとまずは……」
「わがままを言うようで申し訳ないですが、うちの娘が心配なので、姫川さんのお宅に戻るでよろしいですか?」
そんなわけで倉庫を出る。
俺の姿を見てワルキューレが上空から降り立ったあと、俺と一緒にいる人物を見回した後聞いてくる。
「姫川愛菜はどうしました?」
「……連れ去られた」
察してくれたようでそれ以上何も言ってこない。
「そちらの守護者は?」
「ああ、彼女は訳あって手助けしてくれている安倍の守護者だ」
経緯を説明しようとしたが、移動しながらという事になって深雪の父親の乗ってきた車に乗り込み、姫川家に向かいながら今までの事を話した。