痛めつけられる愛菜
縮地法は俺の視界に入る範囲まで一瞬にして移動できる。
その為視認できる距離が適当な遠方を見ると、とんでもなく恐ろしい距離を移動してしまう。 試したことはないが、一瞬にして月まで行くことも可能だろう。
つまり俺の視力次第というわけだ。
スマホの明滅する位置を何度か通り過ぎながら場所が特定され、その上空に出るとワルキューレの姿が見えた。
もちろん俺は空を飛んでいるわけではないから、移動し続けなければならない。
「次の位置で止まってください」
ワルキューレの声が聞こえて言われた通りにすると、落下を感じた瞬間にワルキューレに掴まれて天馬に引き上げられた。
「助かったよ」
「いえ、それよりも場所はあの倉庫のようです」
「そのようだな、俺が来るまでどれぐらい経ってる?」
「1時間程かと。 何かあったのですか?」
「ああ、少しばかり問題が発生していた。 1時間となると急がないといけないな」
距離がありすぎて感知でどれだけいるのか見当つかないな。
「俺1人で行くからワルキューレはいつでも離脱できるように待機していてほしい」
「……わかりました。 ご武運を」
「ああ!」
縮地法で地上に降りた俺は、そのまま倉庫へ向かい感知で中の人数を確認する。
感知で感じ取れたのは10。
愛菜と愛菜の両親、それに深雪の父親で4人。 残りの6人は3人が人間だとしたら守護者が3人といったところだと見たほうがよさそうだな。
倉庫の扉はシャッターが下されていて、開ければ1発で侵入はバレる。
——1日に1度しかできないがエーテル化して侵入した法がいいだろうな。
エーテル化し、倉庫の壁をすり抜けていく。 エーテル化は一見便利に思えるが、視覚はハッキリしない。 ボンヤリと灰色に見えているだけの為、音や顔、姿の認識も難しい。
この能力がゲームのようになぜ1日に1度だけなのかは、たぶんルースミアに貰った『賢人の腕輪』のせいだ。
俺のTRPGの知識にある修道士のデータを具現化させた為だろう。
こんな事なら無制限にしておけばよかったよ。
エーテル化している間は空間の間にいる為、まず見つけることはできない。 その為今のうちにわかるだけでも状況を確認してしまうことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少し前
——ここは……
目が覚めた私は首筋が少し痛んだ事で、サハラさんに意識を失わされた事を思い出した。
女の子を殴るなんて最低! ……でも突然だったから身構える前には意識を失ってたから、これもサハラさんなりの優しさなのかな?
わずかに目を開けると薄暗い場所で、誰かにお姫様抱っこされてるみたい。
とりあえず今のところ順調みたいね。 サハラさんとは違う、オヤジ臭がするから久保先生のお父さんかしら?
「娘を連れてきました。 これで秘密結社の情報を伝える事ができるようになりましたね?」
「愛菜! くっ……」
「さぁ一子相伝で伝えるんです。 さもないと、娘さんが辛い思いをすることになりますよ?」
そんな声が聞こえて、すぐ目の前にお父さんがいるのに気がついた。
今は起きたりしないでしばらく様子を伺った方が良さそうね。
そういうわけで私は気を失った振りを続けて、話声に集中する事にした。
「くっ……た、たとえ娘が痛めつけられようが……」
「あなた……」
どうやらお母さんも一緒みたいね。
大丈夫、今すぐに助けてあげるからね。 ね? サハラさん。
「そうですか……そこまでの覚悟があるのでしたら……久保さん、その娘を渡しなさい」
「はい」
違う人に渡される。 正直どんな奴かもわからない人に抱かれるなんて耐えがたい事なんだけど、今は我慢我慢。
なんて思ったら、あらかじめ用意されていたらしい椅子に降ろされた。
内心でホッと一安心していると私の片手を持ち上げてくる。
「ふふふ、よく眠ってるようですが……」
……え?
ボキッと音がしたと思った直後、今まで感じた事がない激痛が私を襲った。
「いっ……あぁっぁあああああっ!!」
あまりの激痛に、痛む場所を見ると私の小指がありえない方向に曲がっていた。
「寝たフリをしていた事ぐらいわかっていましたよ」
「愛菜!」
「愛菜!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
「さぁどうしますか? 早く言わなければ次の指を折りますよ?」
「ひっ……」
やだ! こんな痛い思いこれ以上したくない! 早く助けにきてサハラさん!
「あなたっ!」
「で、できない……例え殺されようとも言うわけには、いかないんだ!」
「……そうですか。 残念ですね」
お父さんがそう言った直後、今度は折られた小指の隣、薬指から激痛と聞きたくない音が聞こえる。
「いやっ……あぁっぁあああああっ!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! なんで助けにきてくれないのサハラさん!
「待ってくれ、いくら秘密結社の悪事を暴く為とはいえ、まだ若い娘にこれはいくらなんでもやり過ぎではないのか!? まるで拷問だ!」
「久保さん……だから貴方はいつまでも格下のままなのですよ。 我々教団は目的達成の為なら手段は選びません」
「しかしここまでして暴くのは……」
「そうですか……久保さんは教団のやり方に楯突くと、そう言いたいのですか?」
折られた指の痛みに耐えながら聞こえてくる会話を聞いている限りだと、久保先生の言った通り父親は本当に知らないみたい。
なら! 久保先生のお父さんに教団の目的を教えてあげればもしかしたら見方についてくれるかもしれない!
指を折られた痛みに耐えながら私は久保先生のお父さんに真実を伝える事にした。
「教団の目的は旧支配者の復活よ! 久保先生から聞いた様な話は全部う……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「余計な事を……」
言い終える前にまたもう一本の指を折られちゃった……なんだかもう、2本折られた痛みで麻痺して3本目を折られた痛みしか感じなくなってきてるみたい。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ! やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ああっ、愛菜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
これで3本……この調子だとあとこれを7回も耐えなきゃいけないって事になるのね……というよりもサハラさんは一体何をしてるのよ! 私がこんな目にあってるのだってサハラさんの提案にのったからなのにっ!
「どういう事ですか、旧支配者とは一体!?」
「ふむ……貴方が知る必要はない事ですが、ここまで言われてしまっては黙っていると余計な疑心を持ちかねませんね」
私の指を折った教団の男が一旦私から離れる。
サハラさんの来る気配が感じられないとなると、まだ動ける私がなんとかしないといけなさそうね。
お父さんとお母さんは……椅子に縛られて身動きが取れないみたい。
お母さんは少しやつれてるけど酷い事はされてないみたい。 お父さんは……酷い……
何度も殴られた跡がある。 私同様拷問された様子だった。
「……何を言っているんですか! きょ、教団は人類を、地球を滅ぼすつもりだとでも言うんですか!」
「救済ですよ。 今の地球を見てごらんなさい。 自然は破壊され……」
大層な事を並べているみたいだけど、どうせ貴方たち教団の目的は……
「……我々教団が新たなる平等な世界を築きあげ直すのですよ」
やっぱりね。 でもそう言いながら結局は貴方たち教団の思い通りにする気なんでしょ。
っていうか、サハラさん一体何をしてるのよ!