エリニュス
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姫川家のチャイムが鳴り、深雪が中に通す。
「そいつが深雪の守護者か?」
「ええそうよ、パパ」
パパねぇ……
「ふむ、まぁいい。 よくやってくれたぞ深雪。 これで秘密結社の悪行も暴いたも同然だ。 あとはお父さんに任せておきなさい」
危惧していた通り、やはり深雪は連れて行かないようだ。
そして深雪の言っていた通り、深雪の父親は秘密結社の悪行を暴くと言った。
「しかし教団があれだけ苦戦したというのによく上手くいったな?」
「だって、私が今契約を結んでいるそこの守護者が、姫川さんのことを守っていた守護者だったのよ?」
「なんだって! それはどういう事だ?」
聞かれるだろうと思っていたこの質問の答えを言われた通り深雪が説明する。
「にわかに信じられんが確かに契約の証もある……少しここで待っていなさい」
スマホを取りだしながら1度姫川家の外へ向かう。 おそらく事態の報告やらをしているのだろう。
「あの、沙原さん?」
「うん?」
「もしも別の教団の方が来たらどうしましょう?」
やべぇ、そこまで考えてなかった。
そしてそういう時に限って見事に当たる。
「いいか深雪、すぐに別の教団の人が来るから、深雪は守護者とその人で待っているんだ。 いいね?」
しばらくして姫川家に2人の人物が上がりこんでくる。
1人は守護者だ。 すぐにわかったのは、今の俺は深雪の守護者になっているからだろう。
もう1人は教団服姿の為、教団員である事はわかるが……
「いいか、深雪は私の娘だ。 ちょっかいを出したりするなよ」
「ういっす」
返事からしても分かる通り、金髪に染めたいかにも頭の悪そうな男だ。
深雪の父親も少し不安そうな顔をしたようだが、この男に任せて愛菜を連れ去ってしまった。
深雪の父親と愛菜がいなくなって、姫川家のリビングには俺と深雪、そして金髪の教団員と守護者だけになる。
金髪の教団員は何食わぬ顔でタバコを取り出して火を点けると口から煙を吐き出しながら深雪のことをニヤつきながらジロジロ見はじめた。
俺は金髪の教団員の連れている守護者の様子を伺う。
目と目が合うが特になんの反応も見せてこない。
「そいつ気になっちゃう? 色っぺーだろお?」
俺はこいつを知っている。 だがコイツが俺の事を知っているかは知らないが……
「まるで天使みてぇっしょ?」
「エリニュス、復讐の女神か」
「ニィちゃんよく知ってんじゃね? んな訳で俺に任されたわけっしょ」
「エリニュスって……あの復讐の三女神の……ウィリアム・アドルフ・ブクローの作品の!」
深雪の言ってる事はよく分からなかったが、おそらくこのエリニュスの絵画か何かの事を言ってるのだろう。
「でさぁ、物は相談なんだけど、久保深雪ってったっけ? あんた美人だよねぇ? 俺と1発やらねぇ? お互いokなら問題ないっしょ?」
「嫌です、誰があなたなんかと!」
「じゃあその守護者、ぶっ殺しちゃうっしょ」
「え!?」
はぁ……やっぱりこういう馬鹿だったか。
おそらく教団の中でもエリニュスを守護者にできた事によりある程度の地位を与えられたのだろう。
一般的に言えばエリニュスは女神と言うだけあってその力はとんでもないからな。
「深雪に害を為すと言うなら、守護者として守らせてもらうぞ?」
「コイツ相手にお前マジ勝てるとか思っちゃってるわけ?」
金髪の教団員は大爆笑をした後、リビングの床にタバコを投げ捨てて踏み消す。
「しゃあない、おら、守護者、やっちまってよ」
直後、エリニュスが髪の毛を投げつけ、俺の体に絡みついてきて拘束してくる。
「貴様の罪状を見てやろう」
そう言ってエリニュスが俺の目を覗き込んだ瞬間、恐怖に顔を歪めて距離をとった。
「何やってんっしょ、おい!」
「召喚者、私では彼には勝てない。 どうしても戦えというのであれば守護者を放棄させてもらう」
拘束されている俺が圧倒的に不利な状況だというのにもかかわらず、エリニュスは呆気なく敗北を認める。
「そういうわけだがどうする?」
「ありえねぇし! 命令権を行使して命じる! そいつを殺しちま……うげぇっ!」
……馬鹿だな。
エリニュスの手に持った弓から放たれた矢が金髪の教団員の胸を貫いていた。
「キャーーーーーーーーーーーーーー!」
深雪が悲鳴をあげて手で顔を覆っている。
これがまぁ普通の人の行動だろう。
「深雪、これが秘密結社と教団の戦いだ。 君の父親はたぶんこんな戦いに巻き込みたくなくて本当の事を話さなかったのかもしれないな」
平和とされるこの日本で殺人ではなく殺し合いが行われている。 そんなことを目の当たりにすれば普通なら平然としていられるはずはない。
だが愛菜が連れて行かれた今、そんな感傷に浸らせているわけにもいかなかった。
「しっかり現実を見つめるんだ! 深雪がここでしっかりしてくれないと、愛菜と愛菜の両親も同じ目に合うんだぞ!」
——失敗した。 まさか乗り込む前にこういう状況になるなんて誰が予想できるっていうんだ。
仕方がないか……
深雪のスマホを取りだし発信履歴から深雪の父親に連絡を入れれば、もしかしたら今なら引き返してくるかもしれないか?
それとも深雪の心配がなくなったのであれば、そのまま……
「くそぉ!」
つい叫んでしまった。
俺は愛菜に守ると言って、愛菜も信じてくれた。 それなのに自分の力に奢り、浅はかな考えから窮地に立たせてしまった事になる。
今からなら間に合うか? 幸いにして今ならエリニュスが消えかけているが残っている。
「深雪、契約を破棄させてもらうぞ。 俺は愛菜を追う」
「置いて行かないでください……1人にしないでください……」
「そんな状態の君を連れてなどいけない。 早くしないと愛菜も危険なんだ!」
深雪の状態も心配だが、愛菜のように生死には関わらない。
「嫌です! 1人に……1人にしないでっ!」
「契約を破棄したら、そこにいるエリニュスと契約をするんだ」
そういってエリニュスを見るとエリニュスが驚いた顔を見せてくる。
「契約を結ばないなら、消える前に俺が貴様を贖罪してやるぞ!」
贖罪されれば精神の崩壊やらを来す。 死よりも辛い死が待っている。 特にこの復讐の女神であれば罪の重さも半端ではないはずだ。
「本来断罪するはずの私がまさか断罪され贖罪される側になるとは……分かった。 彼女がそれを望むというのであれば応じよう」
となれば後は深雪次第……
俺は自力で契約を破棄する。
ハッと深雪が顔を上げて腕にある契約の証が消えているのを確認した後、絶望しきったような顔で俺を見る。
「俺は愛菜を追う。 どうするかは深雪が決めるんだ」
最後通告をしてリビングから出ようとした時だ。
「待って……待ってください! わかりましたから……見捨てないでください……」
まぁ呼び止められてからも少しの間時間はかかったけれど、なんとか深雪はエリニュスと契約を結んでくれた。
「じゃあ俺は愛菜を追うからな」
だいぶ時間を無駄にした。 正直今から追いかけて見つけ出せるとは思えないが、先にワルキューレが追跡してくれているはずだから空からワルキューレを探し出すしかないだろう。
「これを持っていってください」
スマホを操作した後俺に手渡してきた。 画面に明滅する光がある。
「これは?」
「あの小型発信機の場所です」
「そうか、助かる」
「姫川さんを必ず助けだしてください」
「わかった。 エリニュス、彼女を頼んだぞ」
「召喚者……この場合、契約者を守るのは守護者の役目だ。 それに……貴様を敵に回したくはない……」
エリニュスも断罪してなぶり殺しにするのを好む。 その上位に存在する俺は恐怖でしかないのだろう……たぶん。
スマホの示す位置に向かって縮地法を使いあとを追いかける。
どうか間に合ってくれ。
俺は祈りながら向かった。