強制契約と命令権
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寝る場所は近くにいた方が言うということで、俺とワルキューレも愛菜の部屋で寝る形にした。
もちろんベッドは愛菜が使い、ワルキューレは片膝をついて祈りを捧げているような姿勢を取っている。 便利な事に眠る必要はないのだそうだ。
俺は壁に寄りかかって眠りについた。
途中、愛菜の寝返りの度にワルキューレが顔を上げていようだ。
「……すさましい寝相ですね」
「だろ?」
翌朝、目が醒めるとなんだかとてもいい夢を見た気がする。
だが悲しい事に夢という奴は内容ははっきりと覚えていないものだ。 だが薄っすらと残る記憶には懐かしい仲間たちに会ったような気がする。
そして愛菜も今朝はすこぶるご機嫌な様子で、聞いてみると俺同様いい夢を見たのだそうだ。 どんな内容かを聞いてみたが、赤面して答えてはくれない。 態度からすると夢の内容を覚えているのは間違いないだろう。
まぁ他人の夢の内容なんか俺には関係ないか。
愛菜をフェンリルとワルキューレに任せて学校に向かう。
もちろん朝には俺が使える数少ない魔法の中から慎重に選んで記憶していった。
随分と久しぶりに感じるなぁ。
職員室ではなく校長室に向かおうとすると、美術の久保深雪が待ち構えていた……
すっかりこの人の事を忘れていたよ。
「遠野先生、おはようございます」
「あ、お、おはようございます」
どうもこの人苦手なんだよなぁ……
「その、ちょっと校長に用があるんで……」
俺は逃げ出そうとした。
「遠野先生、私の事避けてません?」
しかし回り込まれてしまった……
さすがに疑問形で返されて無視はできないだろう。
「そんな事ありませんよ! ただ校長に急ぎの要件があるんです」
会話のキャッチボールをなるべくしないようにキャッチしたら返さないようにする。 本来なら失礼なことだが、そうも言ってられない。
「それでは私も遠野先生に話たいことがあるので、終わったら来てもらえますよね?」
どうあってものが好きはないらしい。 ここで俺はどのカードを切るべきなのだろうか……
『この後別件がある』
これだとその後でもと言われればおしまいだ。
『しつこいですよ!』
なんて言って泣かれでもしたらたまったものじゃない。
『わかりました』
で、ブッチする……一見良さそうな気もするが、俺の良心が許しそうにない。
『愛菜の体調が良くない』
これがベストな気もするが、それだと家に押しかけかねないだろう。 いや、さすがにそこまではしないか?
「遠野先生、どうしたんですか?」
「い、いやぁ、はははっ、なんでもないです。 わかりました、要件が終わったら伺います」
「はい、美術室でお待ちしてますね!」
——俺の馬鹿。
手を振り嬉しそうな笑顔を浮かべながら久保先生が立ち去っていく。
あんな顔を見せられたらさすがにブッチはできないよなぁ……
今日限りだし挨拶兼ねて寄るか。
というわけでやっと校長室に入り、愛菜の体調が良くない事と、諸事情により本日付で辞めさせてもらう事情を説明する。
「友人としてはとても残念ですが致し方がありませんな。 後のことはこちらに任せてくださいな」
「はい、それでは」
さて、学校の方で残る問題はこれで久保先生だけになった。
それにしても、愛菜といいワルキューレといい、そして久保先生と随分とモテているように思う。
「これが噂のモテ期とかいう奴か?」
「遠野先生モテ期なんですかぁ?」
「浮気はダメですよ?」
「うおわ!」
今俺声に出してたのか!?
いや! 待てよ、この状況を利用しない手は無い!
「2人ともおはよう、今のは違うんだ。 実はね、久保先生が……」
「あー、久保先生の事ですね」
「納得ゥ」
なんだこのみなまで言わなくてもわかる、みたいなセリフは。
「ああいうタイプははっきりと断った方がいいですよ?」
「狙った獲物は逃がさないよぉ〜」
「これまた随分と酷い言い様だな。 だいたい俺のどこに気にいる要素があるんだ?」
なんだ2人のそのエッとでも言いたげな顔は。
「遠野先生、顔はまぁまぁ」
「でも落ち着いてて誰とでも話をしたりしないし、何処となくミステリアスな思考型」
「クールでカッコいいと思うよぉ〜」
「そうそう、愛菜が惚れるのもわかるよね」
「ネェ〜」
どうやら俺はそう見られていたらしい。
というよりもだ、2人の意見を参考にしたいところなんだが……
「はっきり断ったりして泣かれたりしないものか?」
「嘘泣きはするかモォ」
「なんならあたしたちが一緒に行ってあげようか?」
おおう、これぞ天の助け! だが本当にそれでいいのか?
「……いや、大丈夫だ」
クールだなんだ言われた後だけに頼むとか言い難い。 ちょっと格好つけて断ってみることにする。
「そっか、じゃあ遠野先生頑張ってね」
「愛菜によろしくぅ」
マジか! あっさり引き下がられてしまったじゃないか! 素直に頼むと言うべきだったか。
愛菜の友人2人が教室に戻ってしまい、仕方がなく1人で美術室に向かうことにした。
——コンコン
返事がなければラッキーと思っていたのだが……
「どうぞ」
そんなに世の中甘くはない。
ガラッと扉を開けると、久保先生が1人で待っていた。
「遠野先生来てくれたんですね!」
「……ええまぁ、約束しましたからね」
「こちらにいらしてください」
覚悟を決めて久保先生の方へ向かうと、カチンッと後ろから鍵のかかる音が聞こえて振り返る。
「やっと2人きりになれましたね」
すぐ正面から久保先生の声が聞こえて慌てて振り返ると目の前まで近づいていた。
「ちょっと近すぎませんか?」
「いいえ……」
久保先生が俺の手を握ってくる。
「初めて見た時からずっとこの時を待ってたんです」
何か変だ。 理由はわからないが嫌な予感がする。
「——アクセプト。 汝を我が守護者として契約する」
「なっ! 何を!?」
まさか久保先生が教団の一味だっただと!?
契約された証である痣のようなものが久保先生の手に浮かび上がった。
こういう強制的にフリーの守護者を契約させるところは俺の知っているのとは違うか……
「そして命令権を行使して命ずる。 私に服従しなさい!」
「——しまっ……た……」
少しクリスマス閑話で書いてしまった部分になります。




