眠り姫の目覚め
風呂が終わり愛菜の部屋に戻った俺たちは、霧が出始めるのを待った。
「対策としては、俺とフェンリルとワルキューレで愛菜の後を追いかる」
“わかった”
「了解しました」
あとは愛菜を眠らせた奴をぶちのめせばいいだけだ。
深夜に差し掛かる頃、霧が立ち篭りだし例によって愛菜を呼ぶ声が聞こえてくる。
「コレですか」
「ああ、準備はいいな?」
愛菜がベッドから起き上がり窓の方へ向かいだす。
窓を開けるとそこから飛び降りるのだが、ゆっくりと地面に着地して歩きはじめた。
「追うぞ!」
俺は縮地法で空から愛菜を追いかけ、ワルキューレは地上から、フェンリルは隠れながら追跡してもらう。
移動速度はまるで滑るように移動していき、人間であれば全力で走らなければ追いつきそうもない。
だがこの速度であれば守護者なら追付けることはわかりきっているはずだ。
……罠があるとみていいだろうな。
やがて広く大きな墓地に辿り着いた。 墓地を囲う壁の内側は鬱蒼と木が生い茂っていて、中に入らなければ雑木林のようにも見えなくない。
墓地の名前までは覚えていないから正式な名前まではわからないが、これだけの広さの墓地なら有名な墓地だろう。
縮地法で上空から追いかけてきたが、縮地法というのは空を飛べるわけではなくただ視界の範囲に連続して移動できるものだ。 そのため空中にいる場合、移動をやめれば当然落ちる。 そうならないようにするために木々に遮られて愛菜を見失わないように移動し続けなければならなかった。
愛菜が物置のような建物の前で動きを止めた。
建物の中には2人いるのが感知でわかる。
間違いなく1人は守護者で、もう1人が守護者を召喚した教団の奴だろう。
下手に地面に降りるよりも縮地法で移動し続ける方が見つかりにくいだろうな。
追跡していたワルキューレも追いついて、愛菜に慎重に近づいている様子が見える。
建物の中から1人の男が出てきた。
黒いマントを身につけた男らしく、格好から見ても教団の奴ではなく守護者だろう。
この位置からだと声までは聞こえない。
ワルキューレは黒マントの男に警戒しつつ愛菜に近寄ろうとするが、愛菜が自分自身の足で黒マントの男の方へと歩いて行ってしまう。
マズいな……相手が誰かわからないが、このまま放っても置けないか。
愛菜の救出に行動を移そうと思ったところで、ワルキューレが行動に出た。
盾と槍を構えて黒マントに向かって走りだし、電光石火の速さで一撃を繰り出す。
だが……
俺の目に驚くことが起こる。
黒マントの男が手振りをしただけで、ワルキューレが吹っ飛ばされた。
あれは念動力か? だが騎士魔法の念動力は対物に対してしか効果がない。
というよりもいつまでも高みの見物というわけにもいかないな。
相手からすれば突然に思えただろう。
俺が着地して愛菜を抱きかかえた。
「なんだ貴公は? その女は我輩のものであるぞ?」
「なに勝手なこと言ってんだ」
飛ばされたワルキューレも俺の横に来た。
「とてつもなく邪悪な存在です」
ワルキューレが陽なら黒マントは陰、真逆な存在なのだろう。
「ああ、なるほどね。 その貴族服姿に黒マント、喋るたびにチラチラ見える犬歯から……あんた吸血鬼か」
「いかにも我輩は吸血鬼ドラキュラだ」
吸血鬼ドラキュラといえば有名な存在だ。 だがこの手に奴は強い力もあるが、弱点も豊富に抱えている。
「正体を明かしちまうと弱点が丸わかりだぞ?」
「はっはっは、そうか? なら試せばよい」
「それにな、俺の友人の中には不死王っていう、お前にとって神のような存在がいるんだ。 せいぜいヴァンパイアロード程度のお前じゃ俺の相手にはならないぞ?」
これにはピクリと反応を見せる。
「そんなものは存在せん!」
「なら試してやるよ、不死王に教わったヴァンパイアを消滅させる言葉をさ」
以前俺は不死王にもしも不死王を名乗る愚か者や、不死王を愚弄するヴァンパイアが現れた時のためと教わった言葉がある。
その言葉を使えばヴァンパイアであれば必ず消滅させることができるらしい。 もちろん不死王にも例外なく効果を発揮するらしいが、不死王の場合は本人が望まない限り消滅しても蘇れるそうだ。 まさに不滅の象徴だ。
「デストラクトアンデッド!」
ニヤリとドラキュラが笑ってみせるが、その直後……
ふぁさ……と粉になって消えた。
「初めて使ったが凄いな……インチキだろこれ」
「お、終わったんですか?」
「たぶんな」
もしもこれが俺のいる世界に限定されるのなら奴は消滅してはいない。 だが効果があったのだから粉になったんだと思うし、それに感知にはもう1人しか残っていない。
「むにゃ……あれ、サハラさん?」
「やぁ、やっと目が覚めたか」
愛菜が目を覚まし辺りをキョロキョロ見回している。
「ちょっとここどこよ! なんで裸足……っていうかパジャマのままじゃない!」
「説明は後でするから今は待っていてくれ。 あともう1人いるんだ……おい! 中にいる奴、出てこいよ!」
建物の中から教団服の人物が出てくる。
「バレていたのか。 まさかこうもあっけなく私の守護者を倒してしまうとは驚きだ」
服装は今まで会った教団の連中と変わらない。 年齢は70代ぐらいだろうか? かなりの白髪混じりで偉そうに伸ばしている顎髭も白髪が混じっている。
「守護者2人いるのに随分と余裕だな?」
「それはもちろん、私から見れば守護者など他愛のない存在でしかないからな」
「へぇ、ぜひその理由を聞かせてもらいたいものだな」
ハッタリなのか本当なのかわからないが、教団の初老の男は随分と落ち着いている。
「君らは召喚魔法によって召喚された。 そして召還魔法により還すことも可能。 私はその召還魔法を他者が召喚した守護者に使う事が可能なのだよ」
「そんなの無理だわ!」
即答で愛菜が返してきた。
「召喚者と守護者にはパスが通って契約されているんだから、他者にそのパスを断ち切ることなんて不可能よ!」
「だからそのパス自体を切り離すのだよ。 パスが切り離されれば守護者は魔力の供給が絶たれ……還るしかなくなるのだ」
なるほど、おしゃべりなおかげで俺には効果がないという事がわかった。
念のため盾になるようにワルキューレの前に立っておく。
「よし! ならばそれを俺に使ってみろよ?」
「フッフッフッ、信じないとは愚か者よ」
教団のジジィが念じたあと指を俺に向けてくる。
シャーロットの時もそうだが、魔法の詠唱のようなものは特にないらしい……とそれはさておき特に何も変化は起こらないようだ。
教団のジジィの顔が驚愕の表情に変わっている。
「どうしたよジィさん」
「バカな! ありえん! くっ……」
一気に立場が悪くなったことに気がついた教団のジジィの視線がキョロキョロしだす。
アレは逃走経路でも探しているのだろう。
「諦めろよ。 俺のいた世界じゃお前程度の奴はごまんと居る。 逃げ出そうったって逃がしやしないぞ。 やれ! フェンリル」
そう叫んだ直後、教団のジジィが氷の檻に閉じ込められた。
「さてと、お前は教団の中じゃ相当な位置にいそうだ。 答えろ、愛菜の両親はどこにいる!」
氷の檻に閉じ込められ、逃げることもできないこんな状況だというのにジジィの奴は不敵に笑ってきた。