煩悩に打ち勝つ
ワルキューレが協力してくれる事になり、身動きがとりやすくなった。 だがまだ彼女の能力なんかがわからない。
「こういう事を聞いてもいいのかわからないんだが……その、君の事が知りたい」
「え……そ、その、それはつまり……」
“おいサハラ、その誤解を生む発言を今すぐ撤回したほうがいいぞ”
ん、誤解?
フェンリルを見た後、アゴで指し示す先にいるワルキューレの顔を見ると、焦りや困惑しながら顔を赤くさせている。
“さっきのは見事なまでの愛の告白だったぞ?”
なんだとぉぉぉぉぉぉ!? 俺はさっき何を言った? っは! 『君の事が知りたい』か? あれは告白のつもりじゃない。 でも確かにワルキューレのあの表情はマズいぞ。 アレは恋する女が見せる顔だ。
とりあえず誤解を解くのが先決だ!
「済まないワルキューレ……」
「私なんかでよろしければ……」
俺はたぶんとんでもないミスを犯してしまった気がするぞ。 しかもワルキューレさん、ちゃっかり了承しちゃってるし!
『へぇ〜サハラさん浮気したんだぁ?』
『私はもう必要なくなってしまったんですか?』
『強い雄に雌は集まるものだ。 まぁ仕方あるまいな』
脳裏に3人の嫁の姿と言葉が思い浮かぶ。
赤帝竜だけは問題なさそうだが、アリエルと特にウェラはヤバい。
“はぁ……仕方がないな。 おい、ワルキューレ”
「——はい、なんでしょう」
“さっきの謝罪の代わりに、誤解を招くような事を言ったサハラの事を水に流してくれ”
「誤解、ですか?」
“そうだ、サハラはお前の能力の事を聞きたかっただけだ”
おお! 珍しくバカ犬が俺の役に立っているじゃないか!
クルッと首を回したフェンリルがペロんと舌なめずりし……
“クレープ”
——やはりバカ犬だった。
だがこれで誤解は解けただろう。
ワルキューレを見ると、勘違いをしていた自分自身に顔を真っ赤にさせている。
その様子が可愛くないわけがない。
「っというわけで俺も聞き方が悪かった。 ごめん……」
「い、いえ……」
すごくこの場から逃げ出したい。 だが愛菜を放っていくわけにもいかない。
結局その後会話もなくただ座っているだけという、非常に気まづい時間だけが過ぎていき、気がつけば日も暮れて夜になっていた。
「……君はお腹は空かないのか?」
夜になれば腹は減る。 それは至極当然の事だと思っていた。
「いえ? 守護者は食事の必要ないので空腹にもなりません」
は? 俺は普通に腹が減るぞ……
「それじゃあ俺たちは食事をするから、その間愛菜を見ていてもらえるかな」
「あなたは……空腹を感じるというのですか?」
「ああ、不便なものに思うかもしれないが食欲は3大欲求の1つだからな」
「本当に不思議な人ですね、あなたは」
いやいや、むしろ食事の楽しみが得られない方が悲しいと俺は思うけどね。
1階に降りてキッチンを勝手に使う。 まず最初にフェンリルのご希望通りクレープ作りからだ。
俺の鞄の中には以前作った時の材料が揃っている。 そのため、あとは火とフライパンがあればすぐに出来上がる。
“サハラ、2つだ”
「はぁ!? なんで2つなんだよ」
“いいからいいから”
まぁこいつのおかげで危うく嫁さんを泣かせかねないことになりそうだったと思えば安いものか。
そもそも精霊であるフェンリルにも食事というものは必要ない。 だが俺と契約し、共に行動するようになってから食事の楽しみを知ったようだ。
まぁどちらかといえば、空腹を満たすと言うよりは旨いものが食いたいだけのようだが。
1つ目が出来上がってフェンリルに渡すと、犬のようにペロッと丸呑みする勢いで食べてしまう。
正直これでちゃんと味がわかってるのかいつも不思議に思うが、当の本人がご満悦なようだから言わないでいる。
「2つ目できたぞ」
“それはあいつ用だ。 ご飯は必要なくても美味しい不味いはわかるものだぞ”
「そういうものなのか?」
“そういうものだ”
自信ありげに尻尾を振って見せてきた。
俺の食事も手早く済ませて2階に戻る。
何をするでもなくただ人形のように座って待っていた。
「待たせた」
「いえ、慣れていますので」
慣れてるって……そうか、いつも安倍家の外で待ってるんだったっけか?
「コレ、フェンリルが君にもというから持ってきたんだが、食べるか?」
“甘くて旨いぞ”
「そう、ですか……それではせっかくなので頂きます」
俺の手からクレープを受け取ると、ワルキューレは手に持ったクレープをマジマジと見つめてからパクッと口にする。
「お、美味しい……美味しいです!」
そういうワルキューレの顔は、もはや神話やおとぎ話に出てくるような雰囲気などはなく、美味しいものを頬張るごく普通の女のようだ。
“だろ”
「それは良かった」
パクパクと口にしていき、あっという間に食べてしまい、指についたクリームをジッと見た後、ペロッと舌で舐めとる仕草がちょっぴりエロかった。
“ご飯は要らなくても、旨いものは旨い”
「そのようですね」
先ほどの気まずい雰囲気はすっかりなくなって笑顔を見せている。
そんな様子を見て、フェンリルが気を使ってくれたのだと気づいた。
時計を見ると霧が出始めて声が聞こえるまでまだ時間がある。
「ちょっと俺はシャワーでも浴びてくるよ」
“おう!”
「はい」
というわけでシャワーを浴びてさっぱりして戻り、ワルキューレにも勧める。
お風呂場を教えて愛菜の部屋に戻るやいなや扉が開いてワルキューレが顔だけ覗かせてきた。
「その、使い方がわからないのですが」
俺の知る設定の奴だと、召喚された時点で世界の仕組みなどを理解しているのだが、どうやらそうではないらしい。
愛菜はフェンリルに任せて立ち上がって扉へ向かうと、慌てた様子を見せてくる。
「ちょっと、今は、その……」
扉を開けるとワルキューレはスッポンポンだった。手で押さえているものの、形の綺麗な乳房が腕から溢れている。
「ふ、服! なんで着てないんだよ」
慌てて背中を向けて聞くと、口頭で教えて貰うつもりだったらしい。
とりあえず俺が体を拭いたやつで申し訳なかったが、バスタオルを渡して体に巻いてもらうのだが……かえってその方がエロく見える。
見ないようにしながら風呂場に行き、使い方を説明してやるのだが……
「きゃあ!」
「わぁ!」
試してみようと手を伸ばしたワルキューレがレバーを上げてしまい、思いきり2人の頭から水のシャワーを浴びてしまった。
「逆! 逆だよ!」
「も、申し訳ありません!」
レバーを下げて蛇口側から水が流れ出始めてホッとしたのも束の間、濡れたバスタオルが落ちてワルキューレはスッポンポンになっていた。
「もう、いいです……」
隠そうともしないで、ワルキューレが惨めそうな声をあげる。
「とりあえずこれで使い方はわかったと思う。 俺は出るから」
「水に濡れたままだと体に良くないですし、一緒に入れば教えてもらいながら使えます」
それはダメだろう? いろんな意味で。
「俺は既婚者だ。 いくら見られていないといえど裏切るような行為はしたくない。 それと毒や病気の類は俺には効果がないから大丈夫だ」
逃げ出すように風呂場から飛びだす。
「ここにいるから使い方がわからなかったら聞いてくれ」
よしっ! よく持ってくれた俺の理性!




