謎の超絶美女
俺の目と巨人の目が合った。
奴の罪が俺に流れ込み、その罪に対する判決が下される。
だがそこでわかってしまう。 コイツはもしかすると俺の贖罪すら無力化してしまうことに。
試すだけ試すか?
俺が悩みむ間も巨人は長槍で攻撃をしてきていて、それを予測により最小限の動きで躱す。
やるしかないだろう。 他に手立ては……
そこでふと思いだす。
「フェンリル、体調はどうだ?」
“よく寝た”
どっちだよ!
この馬鹿犬には時折こう苛立たされるが、これでもれっきとした最上位精霊だ。
「いいか? コイツは俺じゃ絶対に倒せない。 お前なら倒せるはずなんだ。 どうだ、行けそうか?」
“あとでハンバングー”
「わかったよ!」
ピアスからフェンリルが姿を見せる。
俺は後退して見守ることにした。
「フェンリル大丈夫なの?」
「たぶん大丈夫だ」
肩を抱かれていることに気づいてないのか、愛菜がフェンリルを心配して聞いてきた。
「どういうことですか、姫川の守護者?」
「見てれば分かると思うが、さっきの安倍の魔法で気づいたんだ。 奴には神性の俺たちからは一切ダメージを受けない体質なんだ」
本当は断罪の目で見た時にわかったんだがそれは秘密にしておく。
奴の名はギガース、ギリシャ神話の巨人でゼウスの支配を終わらせるために生まれた種族で、複数の名をギガンテスと呼ばれる。
そしてギガースは神には殺されない能力をもっている。
神話では島や山脈を投げつけられて封印されたらしいが、そこはまぁおとぎ話だな。
もしそれが本当ならギガースもそれに匹敵する怪力を持っているはずだ。
さてそのギガースと対峙しているフェンリルの方だが、ギガースもフェンリルが神性ではないことに気がついたのか警戒する様子がうかがえる。
“ハンバングー♪”
奇妙なハンバングーの歌を口ずさみ尻尾を喜びにブンブン振りながら、フェンリルが顔を下から上に上げると氷柱が空中に大量に現れる。
“ハンバングー!”
氷柱を1本ギガースに向けて飛ばすと、ギガースは長槍で叩き壊した。
明らかにギガースは氷柱を警戒していて、その身に受けようとしない。
“早っく食っべた〜い、ハンバングー!”
なんだあの歌は……
今度は宙に浮いた氷柱の半分ほど、おおよそ30本がギガースに向けて放たれた。
ギガースは長槍を風車のように回転させてそれを防ぐが、数本がギガースに命中すると苦痛に顔を歪めている。
「頑張ってフェンリルー!」
愛菜がフェンリルの応援をしはじめるわけだが、俺の時には無かったな。
ギガースがフェンリルにこれ以上氷柱を打ち出せないように突進して長槍で串刺しにしようとしてくるが、フェンリルは氷柱を1箇所に集めて氷の盾を作り出してその一撃を防いだ。 と思ったが、ギガースの長槍は一点貫通をして氷の盾を破壊してそのままフェンリルに向けて伸びていく。
「フェンリル!」
“ハンバングー!”
サクッと槍を持ったギガースの手が落ちた。
フェンリルが作り出した薄い刃物のような氷が地面から伸びてギガースの腕ごと切断していた。
「グワァァァァァァァァァァ!」
はじめてギガースから声があがる。 もっとも声というよりは悲鳴だが。
「よしっ! いけるぞ!」
安倍が叫び、どさくさに紛れて愛菜の肩を抱く手がいつの間にか尻に伸びているのに気がついて呆れるしかない。
フェンリルがトドメに入ろうとギガースの四方八方から囲むように氷柱を出現させ、串刺しの準備に入った瞬間だ。
1人の裸体に近い女性が現れる。 近いというよりも裸だ。 だが大量の触手のようなものが肩から生えていて、よく見るとそれ1本1本が蛇だとわかるそれが蠢いていて、重要な部位は見えない……じゃないだろ。
しかし神話やおとぎ話の登場人物って美男美女ばかりだが、アレは美女なんてものを凌駕してるぞ。
「ふぅぅぅぅぅ……」
たった一息、まるでため息のようなものをついただけで、フェンリルの氷柱全てが溶けてしまった。
“ハンバンッ……なんだお前は”
フェンリルが明らかに警戒しはじめる。
俺の横にいるワルキューレですら険しい顔になり身構えていた。
桁違いの奴が現れたか……
スーッと顔が見回してきて、俺を見つめてくる。 当然俺も断罪の目で相手を見たが、すぐに辞めた。
俺の断罪の目は魂のあるものであれば断罪して贖罪することができる。 だが、法でも混沌でもなく、善でも悪でもないトゥルーニュートラルである野生動物には効果がない。
今目の前に現れた超絶美女はそういった類いだった。
ギガースといいあのとんでもない超絶美女といい、どうやら教団の奴らも本腰を入れてきやがったってところか。
超絶美女は俺を見て1度微笑むと、ギガースを片手で掴んで去っていった。
「あれは一体何者なんでしょう」
明らかにワルキューレが敵意を露わにしている。
あの超絶美女が一体誰なのかも気になるが、それよりも贖罪ができない時点で確実に俺にとって最大の敵となるだろう。
「と、こ、ろ、でぇぇぇ! どさくさに紛れて私のお尻を気安く触らないでよね!」
「痛い! イタタタタタタッ! 守護者!」
愛菜が安倍の手を思い切りつねって、安倍が守護者に止めさせようとするのだが……
「召喚者の自業自得であり、命の危険はないのでその命令はお断りいたします」
侮蔑する目を向けられていた。
“サハラ、あいつはヤバイぞ”
俺のそばに来たフェンリルがボソッとつぶやいてきてからピアスに消えていく。
まだワルキューレにやられた傷は癒えてないのだろう。
「ところで貴方も何者なんでしょうか?」
愛菜に折檻を食らう安倍を無視してワルキューレが俺に聞いてくる。
「俺は君のような神話ではなく、どっちかといえばおとぎ話の類いになるんだろうな。 そういう存在だ」
ジーっと俺の事を見つめてくる。
「顔に何かついてるのか?」
「い、いえ、失礼しました」
慌てて身を反転させ、愛菜の折檻を受けてボロボロになった安倍を抱え1度頭を下げた後ワルキューレも去っていった。
「俺らも帰るか」
ポンと愛菜の頭に手を乗せて言うと、愛菜が体を寄せてくる。
「うん」
「1つ頼みがあるんだ」
「え? なに?」
「あのな、もし決まってなければなんだけど夕飯にハンバーグを作って欲しいんだ」
「ひき肉ならあるから作れるわよ? でもハンバーグが食べたいだなんて随分と子供っぽいところもあるのね」
「歌を歌うほどだからな」
「え!? ハンバーグの歌!?」
フェンリルが戦っている時愛菜には聞こえてなかったのか?
「わかったわ。 作ってあげるわよ」
顔を赤らめてそっぽを向いて了承してくれる。
「悪いな」
家に着くと愛菜がせっせとハンバーグ作りに精を出している。
これがあとでお互いの勘違いだったことに気づいたのは言うまでもないのだが……
“ハンバングー♪ ハンバングー♪ 早くおいでよハンバングー♪”
歌いながらダイニングの椅子から落ちないようプルプルしながらお座りするフェンリルの姿に愛菜は終始笑顔だった。