フェンリルの怪我の度合い
その後は襲撃を受けることなく家まで辿り着けた。
しかしそれを喜んでもいられないだろう。 おそらく今夜、何かしら手を打ってくるであろうからだ。
「フェンリル無事か?」
心配そうにしている愛菜を安心させるのと、俺自身も実際どの程度の怪我をしたのか気になっていた。
“ふぁ〜……よく寝た”
そんな心配をよそにフェンリルは大欠伸をしながら姿を見せる。
「なんだ、ずいぶん余裕そうだな」
「フェンリル怪我は大丈夫?」
“ん、結構痛かったぞ”
ゴロンと仰向けになって、無防備に腹を見せてくる。
“あとはナデナデしてくれれば完治するかも”
「……仕方ないなぁ」
フェンリルは意外に甘えん坊だ。 いや、どちらかといえばさみしがり屋だ。 こう言うということは無傷ではなかったのだろう。
俺が撫でようとすると愛菜が手を出して撫ではじめた。
「ありがとう……」
撫でながら感謝の言葉をかけている。
“あいお”
愛菜とフェンリルをそっとしておき、俺は今日本来の目的を開始することにした。
「魔法感知……」
魔法感知を使い、魔法効果のあるものが俺の目に光って見えるようになる。
だがその効果時間も永遠ではないため、急いでまずは愛菜の夫妻の部屋に入る。
光って見える物が数点見つかるが、魔法の品と思われる程度のもので何かを記すもののようなものではないものばかりだ。
寝室はハズレか? そう思った時にタンスの奥の方から光って見える物が見つかった。
開けてみる……
「お、おおう……」
中には愛菜の母親の下着が詰まっている。 しかも随分とスケスケの物が多いようにも見受けられた……って違うだろっ!
しまってある場所が場所だけに抵抗はあったが、光って見えている物の正体を掴むと、丁寧に箱にしまってある。 それを開けてみた俺は……そっと蓋を閉じて元の場所に戻しておいた。
ま、まぁ、人それぞれ趣味嗜好というのがあるものだ。
そうなるとやはり物置のようになっていた部屋しかいない。 と思い開けてみたのだが、光って見える物は何もなかった。
灯台下暗し。 まさか愛菜の部屋か?
ガチャとドアを開ける。
頭にタオルを巻いただけの姿でパンツを履こうとしている愛菜と思い切り目が合った。
「お、着替え中だったか」
「キャーーーーーーーー!!」
ハッと気づいて慌ててドアを閉める。てっきりまだリビングにいるとばかり思っていたが、どうやらシャワーでも浴びて着替えの最中だったようだ。
しばらくしてからドアが開き、パジャマ姿になった愛菜が睨むように俺を見てくる。
「見たわね?」
どうする俺、見てないとここは言うべきか、それとも見たと言うべきか?
「まぁ……な」
嘘言ったところでどうにかなるもんじゃないよな。
「随分と慣れたご様子ね」
「そりゃまぁそういう世界で暮らしてるもんでね、もう見慣れたんだよ」
「見慣れたって……私は慣れてないんだけど!?」
そう言われてもこっちでの人生の倍どころじゃすまない年数暮らせば見慣れてしまう。 とはいっても大衆浴場だけなんだけどな。
「どうせいずれ俺はこの世界の住人じゃないんだ。 幽霊にでも見られたとでも思っておいてくれよ」
「元はこの世界の住人じゃない! まるでもうこの世界の住人じゃないみたいな言い方するわね?」
「俺の嫁さんの1人は【魔法の神】でね。 ええっと、前に見せてくれたスマホの画像の金髪の人ね。 で、以前ここに来た時にはっきり言われたよ『私達もサハラさんももうこの世界の住人じゃないんです!』ってな」
「そんなのっ!」
言いかけたところで愛菜が手で口をふさぐ。
「サハラさん……泣いてるの?」
泣いてる?
手を頬に触れると知らないうちに目から涙が溢れていた。
「はは……まだ未練が残ってたのかな? もう吹っ切れたつもりでいたんだけどなぁ」
もう住み慣れたと言ってもやはり俺の記憶がある限り故郷はこの世界なんだろうな。
「悪い、少し傷心になった」
「私は少し羨ましいな」
「羨ましくなんかないぞ?」
俺のいる世界の苦労話をしていたつもりが気がつけば俺は俺の昔話をしていた。
それを愛菜は興味深げに静かに聞いていた。
「……悪い、自分の話になっていたな」
「うううん、面白かった……っていうと失礼かもしれないけれど、今の話を聞いて小説でも書いてみたくなった気分だわ」
んーっと愛菜が伸びをしながら言ってくる。
「そろそろ寝ておくといい。 見張りは慣れてるからな」
「うん、そうするわ。 サハラさんも明日学校でしょう?」
愛菜に言われて思いだした。
「明日なんだが……今日の男子生徒から情報を得たいと思う」
「あ、あいつから? それ絶対無理だと思うわよ?」
シャーロットに連絡がつかない以上、男子生徒を頼る以外ないことを話すと渋々ながら了承してくれた。
「じゃあ何も見つからなかったのね?」
「愛菜の部屋以外はな」
「それなら今から調べればいいじゃない?」
「残念ながら魔法感知の効果時間はとっくに切れてるんだ」
愛菜がハッとした顔をする。
俺が何の意味もなく無断で愛菜の部屋に入るわけがないと気づいたんだろう。
「ノックもしないで入ったのが悪いのよ!」
「そうだな、悪かった」
ひと段落がつき、今度こそ愛菜が寝ようと2階に上がろうとしたところで足を止めた。
「ねぇ……」
「なんだ?」
「やっぱりなんでもない!」
なんなんだ一体?
愛菜が2階に姿を消したのを確認して俺もリビングのソファに横になって考える。
思えば家の中にそんな情報源が置いてあったら、日中の誰もいない時間に不法侵入でもして調べ放題だもんな。
となると口伝てのみになるのか。
警戒はしつつ俺は眠りにつこうとした矢先の事だった。
部屋の中が随分と霧掛かって見える。 最初は見間違いかと思った。
——ま……な……
——さぁおいで……来るんだ……
感知の範囲には誰もいない。 遠隔からなのか?
どちらにせよ呼んでいる時点で愛菜が危ない。 すぐに2階の愛菜の部屋に入ると、愛菜が夢遊病者のようにベッドから起き上がって窓を開けようとしているところだった。
「愛菜!!」
声を張り上げて呼んだけれど、見向きもしないで窓から出ようとする。
くそッ!
愛菜を掴んで引き戻し、頬を叩いてやると意識が戻ったようだ。
愛菜が目覚めたのと同時に霧は晴れ、声は聞こえなくなった。
「——えっ? サハラ……さん?」
愛菜が俺の顔をジッと見つめてきて、悲鳴をあげるのかと思ったら……よりにもよって頬を染めながら目を閉じてきやがる。
「勘違いするな、襲撃だ愛菜」
自力で立たせ、俺は窓から外を一度覗いた後窓を閉める。
「い、い、いいい……今のは寝ぼけてただけだから!」
「ああもちろん分かっている」
いそいそとベッドに戻った愛菜が必死に自分を擁護してきて、俺も余計なチャチャを入れずにしておいた。
「遠隔からの催眠術的なものらしいな。 間に合ったからよかったものの、こんなのを何度もやられたら面倒だな」
「ならサハラさんもこの部屋で寝てもらうしかないわね」
確かにその方が便利そうだ。 それに今回の相手が何者かわからない限り手の打ちようもない。
それよりもだ……
「おいバカ犬、こんな時にお前何してんだ?」
“済まなかったサハラ、それと愛菜……”
虚勢張ってたのか。 となると相当のダメージを負ってると見て良さそうだ。 やはり精霊は反属性には弱いという事か。
愛菜はフェンリルが弱っているのに気がついているのかわからないが、姿を見せたフェンリルを撫でている。
「愛菜、俺が全力で守ってやるから一旦ピアスを返してくれ」
「え!? あ、う、うん、分かったわ」
ピアスを返してもらい付け直し、そっとフェンリルにしばらく休むように伝えた。
「じゃあお言葉に甘えて俺もここで休ませてもらうよ」
腰を下ろして壁に背を預ける。
「そこでいいの?」
「いざという時にすぐに動けるからな」
それに愛菜の寝相が悪いのはさっきここに来た時に気付いていたのもある。
そして案の定、その姿を目の当たりにしたわけだ。