卑怯者
愛菜と校門で別れた俺は、日に1度きりしかも有効時間は5分しか使えないがエーテル化して校舎に忍び込み校長室を探す。
エーテル化とは物質界と影界の間に存在するおぼろげな世界で……まぁ簡単に言えば壁だろうが地面だろうがお構いなしに移動が可能になり、俺自身も人間の目には見えないし触れることもできない。
で、校長室の前までたどり着いてエーテル化を解いてから部屋をノックする。
中に入れば当然誰かと尋ねられる。 そこで今朝記憶した魔法の1つである魅惑を使い、校長と友達になって短期間の間、臨時の教師として学校に入り込めるようにした。
噂……と言うよりも数多くの生徒に見られたため、各教室に行くたびに愛菜との関係を聞かれたが、まぁなんとかなっただろう。
昼休みに入り、いの一番に俺のところにすっ飛んでくるとばかり思っていた愛菜は現れなかった。
おかしいな……昼休みになったらどういう事か問いただしに来るものばかりだと思っていたんだが……
「どうかしましたか遠野先生?」
「ええっと……」
「美術の久保です、久保深雪」
「ハハ……すいません、まだ名前を覚えられなくて」
笑いながら謝罪をする。
美術教師というのは美人なのは基本なんだろうか? ワンレンの髪型に服の上からでもわかるぐらいのナイスなプロポーションに胸もデカイ。 女性の年齢を言い当てるのは得意ではないが、おそらく20代半ばか後半ぐらいだろう。
「初日ですからね、それよりお昼御飯はお持ちしました?」
「いえ、持ってきてませんよ」
「なら! ご一緒しませんか?」
パンッと手を叩いて笑顔で誘ってくる。
コレってモテ期到来か? とはいえ愛菜のことも気になるし……他の教師の視線が痛い。
「ああでも、俺は普段から昼飯は食べないから問題ないです」
朝と夜だけが当たり前の世界だったから、昼飯という概念をすっかり忘れていたよ。
で、断られた久保先生は残念そうにしている。
まいったな、こういう時ってどうすりゃいいんだよ。
その時、職員室の扉が開いて女子生徒が2人キョロキョロ覗いてくる。 例の愛菜の友達で、俺の姿を見つけると近づいてきた。
「先生ぇ、こんなところでぇ久保先生に鼻の下を伸ばしててもいいのかなぁ?」
「愛菜が安倍くんと2人きりでどこか言っちゃったよ?」
「それの何か問題でもあるのかな?」
「いいの? 先生は愛菜の彼氏なんでしょ?」
「横取りされちゃうよぉ〜?」
「遠野先生? 噂は本当なんですか?」
なんか久保先生すごい睨んでくるんだけど……
しかし否定もできないこの辛さ。
「久保先生、その話は後で。 ちょっと姫川を探してきます」
3人が何か言っていたが、聞いてないふりをしてそそくさと職員室を出ていく。
なんとか抜け出したはいいが、別に愛菜が誰かと会うことを咎める義理はない。 それにもし敵だったとしてもフェンリルがついてるから、そんじょそこらの奴では手出しもできないだろう。
……とはいえやっぱり心配だな。
2人きりになれる場所といえば校舎裏とか屋上辺りか? それともどこか使っていない教室とかか?
エーテル化はもう使ってしまっているため、あと頼れるのは感知だけだ。
感知で2人きりでいる人物を探して、見つけると向かってみるが別人だらけだった。
屋上は4つだから違うとは思うが、行くだけ行ってみるか。
でだ、屋上に行くと扉鍵もかかっていないのに開かない。 何かが置かれて開かなくしているようだ。
そして争う音が聞こえていた。
すぐさま近くの窓まで行き、そこから縮地法を使って屋上に出ると、そこには愛菜とフェンリル、それに安倍と思われる男子生徒と守護者らしい姿が見えた。
驚いたのはフェンリルが苦しそうに呻いていることで、どうやら苦戦を強いられているらしい。
「フェンリル!」
「っ! サハラさん、フェンリルが!」
急いでフェンリルの元まで駆けつけて様子を伺う。
“サハラ、あいつヤバイ。 神性どころか純粋な神だ”
「わかった。 あとは俺に任せて休んでおけ」
そういうとフェンリルの姿は消えていった。
純粋な神という言い回しは俺の世界での神についてになるが、創造神や魔物の神のように生み出された時点で神の事を指す。
人種から神になった者は信仰から神威を得て神として存在するため、純粋な神と比べると神性さに差があり、その力にも差が出てしまう。
そしてフェンリルのような最上位精霊は神ではないものの、その属性そのものの存在であるため神に近しい存在だが、属性を持つ故に弱点もハッキリしてしまう。
つまりフェンリルはあの守護者の反属性にやられたのだろう。
「やっと現れましたね。 でもせっかく来ても僕の守護者に倒されてもらいますから」
「愛菜、そいつの守護者はどう見ても教団の召喚するような奴には見えないぞ?」
「シカトすんなよ!」
「彼も魔法使いなの」
「なんで魔法使い同士で戦ってるんだ?」
「そんなのあっちから仕掛けてきたんだから私は知らないわよ!」
何が何だかさっぱりだ。 となると当事者に聞くしかない。
「というわけなんだが、なぜ戦ってるんだ?」
「っく、この……僕の守護者の方が強いから僕が守ってあげると言っただけですよ!」
つまり彼は愛菜の事が好きなんだな。 だけど……
「なぁ、好きな子の気を引きたいからって力にものを言わせてもなびかないもんだぞ?」
「うるさい! お前みたいなどこの神話ともわからないような奴に言われたくない! 守護者! あいつを倒すんだ! そうすれば姫川さんは僕に頼るしかなくなるんだからさ!」
ゲスだな……ん?
ほんの一瞬だけだったが、相手の守護者が召喚者を侮蔑した目で見つめた気がする。
「……あなたって本っ当に最低ね!」
あらかじめ予測は使ってある。 それとあの形からワルキューレだろう事ぐらいは検討もつく。
「召喚者の命により貴方を倒させてもらいます」
ワルキューレは喜んでやっている様子は見えない。 おそらく3回の命令権だかで従わせているんだろう。
「ちなみに、召喚者を先に倒したらどうなるんだ?」
「そうさせない為の守護者に決まってるでしょう?」
「そうかい?」
縮地法で男子生徒の真後ろに移動して首根っこを掴み、それと同時にワルキューレには動くなよと手で合図する。
「なっ!?」
「さぁどうする? 俺は君を殺す事に躊躇はしないぞ?」
「う、ぐぐぐ……この、卑怯者……」
お前には言われたくないわ!
「あなたがよく言うわね!」
さっきから息が合うな。
「じゃあこうしよう。 俺と君の守護者で戦って、勝ったら守護者を解放する、というのはどうだ?」
「……そんなの、解放も何も、お前が消えてなくなるに決まっているだけさ!」
「商談成立か?」
手を放してやると、男子生徒はニンマリとさせて頷いてきた。