表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/19

第1章

 混濁する意識の中で見たものは、二匹の巨大な蛇だった。少年の身の丈の何倍ものあるその蛇たちは、お互いの尾に噛みつき、歪な円を形作っている。前も後ろもないため、とても蛇とは思えない奇怪な動きをしていた。


 ウロボロス。もし少年の意識が正常だったなら、そう思っていただろう。


 しかし少年の思考は正常には回らない。恐れ慄くその眼が二匹の蛇を捕らえるのと同時に、周りの惨状にも焦点が合っていた。

 一般的な一軒家のリビングは、闇に沈んでいた。ドロドロに溶解した質量のある闇がありとあらゆる家具にこびり付き、蛇の皮膚から発せられた紫色の瘴気が腐敗を促す。そこはまさに、光の届かない地獄のよう。


 そして――見てはいけないと知っているはずなのに、少年は足元に視線を落とす。


 踝の辺りまで床に広がった、液体と化した闇。その中に倒れるのは、父親、母親、そして妹。少年の家族が、闇の中に身を沈めて気を失っていた。


「う…………」


 恐怖心が許容量を超え、喉の奥から呻き声がせり上がった。

 同時に、お互いの尾を噛んでいた二匹の蛇が、ピタリと動きを止める。


「うわ……」


 蛇が、ほどけた。円形を崩し、一匹ずつとなった大蛇が少年を睨みつける。

 赤い四つの瞳が、少年を捉えたその瞬間――二匹の蛇は同時に少年へと襲いかかる。


「うわああぁぁぁーーー!!!」


 二匹の蛇が、少年の両腕を飲み込んだ。ガキリボキリと、不快な音が聴覚を蝕む。指先の感覚が無くなり、肘の辺りに生温かくなり、そして――。


***


 五年前から帰還した少年――新堂光太郎は、ゆっくりと瞼を開けた。上半身だけを起こし、呆けた眼で部屋の中を見回した後、ドス黒く濁った目の下の隈を指で撫でる。


「あぁ……また寝れなかったか」


 ただ、途中から夢であることは気づいていた。携帯のカメラなどの無機物を通さなければ、『夜魔』を視認することはできない。彼の家族を襲った『夜魔』を新堂が『認識』できるようになったのは、彼が両腕を食いちぎられた後のことだ。夢の中では、その時の前後関係が反転していた。


「ふぅ……」


 溜め息を吐き、身震いする。これから徐々に暖かくなっていく時期とはいえ、まだまだ朝の空気は冷たい。掛け布団の下に毛布も被っているのだが、それでも鳥肌が立つ程度には寒かった。


「ま、眠れないのはもう慣れたけど、暖房器具がないのはやっぱり厳しいな」


 しかしこの場所で寝泊まりするようになって、もう五年近く。それも諦めていた。

 四方をコンクリートに囲まれた、狭い空間。蛍光灯一本で室内の光源を賄えるその空間は、とても一人の人間が寝泊まりできる広さではない。しかも床に布団を敷いて眠っている新堂の両サイドには、天井まで届く大きな棚。それだけで部屋の面積の半分は占めているというのに、さらに足元には申し訳程度の勉強机。立って半畳寝て一畳という格言を、これ以上なく体現した部屋だった。


 いや、そもそも人が住むべきための部屋なのかどうかも怪しい。天井近くには五十センチ四方の窓があるが、嵌め殺しになっており、室内の空気を入れ替えるのは不可能。密室性の強いその部屋は、さながら倉庫……もしくは新堂という人間がいるのだから、牢獄といっても過言ではなかった。


 しかし五年くらい住んでいる部屋に今さら不満の覚えるわけでもなく、新堂は一度だけ大きな欠伸をかました。

 と、背後にある扉の向こうから、呑気な女性の声が届いた。


「光太郎君、起きたー? コーヒー入ったけど」

「あぁ……今行く」


 二度寝をしたい衝動もないまま、新堂はのそのそと布団から立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ