表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/19

エピローグ

「ふーん、白い『ウロボロスの牙』ねぇ」


 眠たそうに欠伸をかました村井準教授が、コーヒーを啜りながら呟いた。

 その態度があまりにもぞんざいだったため、説明した新堂はムッと唇と尖らせた。


「こっちは真剣に訊いてるんだ。ちゃんとした反応を返してくれよ」

「ちゃんとした反応って……私はとても眠いんだよ」


 蜉蝣の一件から一夜明けた翌日である。

 準教授の研究室にて、二人は軽めの朝食をとっていた。その最中に昨夜あった出来事を簡潔に説明した新堂だったが、彼女の反応はいまいち虚ろだった。


 というのも、準教授は昨日のあの時間帯、ずっと研究室で新堂たちの帰りを待っていたらしいのだ。心配していてくれたことは有り難いものの、そんな彼女を余所に、美代子と蜉蝣を家に送った新堂が帰宅したのは、だいぶ遅い時間になってからだった。

 それから家に帰って、寝て、朝早くに出勤して……。

 確かに、新堂よりかは睡眠時間は短いかもしれない。


「そんなことを言われても、白い『夜魔』なんて今まで例がないからね。『闇』の象徴である『夜魔』は、基本黒いからねぇ。……実物を見てみないと、なんとも。でも君は今、白い『ウロボロスの牙』を出すことはできないんだろう?」

「そうなんだよ。黒い時にはいつでも発現できたんだけど……」


 昨夜、研究室の倉庫に戻ってから何度も試したが、あれ以来、白い蛇が出現することはなかった。もちろん、元々の黒い蛇も同様。同じ感覚で出してみようと思うも、蛇が現れる兆しすら感じない。

 もう二度と白い『ウロボロスの牙』を造り出すことはできないのか、とは思っても、体内に感覚は残っているのだ。二匹の蛇が蠢く、エネルギーが流動するような感覚が。


「分かってることは、『闇』ではなく『光』が造り出した『夜魔』ってことか。ふーむ……。ぐー……」

「寝んな」


 新堂の拳が準教授の額を貫いた。

 額を押さえて呻く準教授は、大人げなくも涙を浮かべた。


「『ウロボロスの牙』が黒かった時は、君の『復讐心』が原動力だったわけだろ? それが『闇』なわけだ。でも白くなったってことは、『復讐心』に代わる原動力があったってわけだろう? それがつまり『光』に相当するわけだが……光太郎君には、そんな心当たりがあるかい? 白い蛇を発現できた時、君は何を思った?」

「俺は……」


 無数の『夜魔』に包まれた時のことを思い出す。

 だがそれはまるで時間が経ってしまった夢のように、鮮明には覚えていない。

 残っているのは、その時抱いた感情だけ。


「俺は確か……矢野と蜉蝣を助けてやりたいと、心から願ったな」

「じゃあ、それだ」


 犯人を突き止めた探偵のように、準教授は新堂の顔を指で差した。


「じゃあって何だよ。じゃあって。ちゃんと説明しろよ」

「矢野君と日向井君を助けたい心が、君の『光』の原動力になった。ということは、つまりだ。君がその二人……もしくは誰でもいいのかもしれないけど、助けたいと心から願った時に、白い『ウロボロスの牙』は出てくるんじゃないかな?」

「そうかぁ? そんな単純なものでもないと思うけど」

「なんだよぉ。君が納得できる説明が欲しいっていうから、せっかく理に適った理屈でまとめてやったのに」


 目を細めて拗ねたように顔を背けた準教授は、残っていたコーヒーを一気に呷った。

 新堂は、肘から先のない自らの腕を見る。

 この失われたはずの両腕で、誰かを助けることができるのなら……。

 そんな人生も、悪くないのかもしれない。


「ま、君の能力はおいおい研究していくさ。少し時間がかかるかもしれないけどね」

「あいよ」


 軽く頷き、新堂は義手を装着する。もうすぐ登校の時間だ。

 脇に置いてあった鞄の中身を確認して、ふと顔を上げると、間近に準教授の顔があった。

 彼女は突然、無遠慮にも新堂の目の下辺りに触れた。


「光太郎君。君の目の下の隈、けっこう薄くなっている気がするんだが?」

「さ、最近気を失うことが多かったからな。そのせいだろ」


 照れた新堂は顔を背け、同時に距離をとった。

 準教授もすぐに自分のデスクに戻る。


「うん。君は隈がない方がカッコイイからね。今は両手に華状態なんだし、少しくらいは身なりに気を使った方がいいかもしれない」

「は……? 何のことだ?」


 その時、研究室の扉がノックされた。準教授が返事をすると、控えめに開けられる。

 顔を覗かせたのは、矢野美代子だった。


「先生、おはようございます。新堂君もおはよう。ついでだから、迎えにきちゃった」

「何のついでだよ。余計な御世話だっつーの」


 たぶん照れ隠しなのだろう。不機嫌そうに顔を歪めた新堂は、露骨な舌打ちをした。

 しかし次の瞬間、彼の表情は凍りついた。

 視線の先は、半分開いた扉の向こう。つまり美代子の後ろだ。


「もう、女の子が迎えに来てるんだから、もっと嬉しそうにしなきゃダメだよ!」


 そう窘めたのは――セーラー服姿の蜉蝣だった。

 幽霊でも見たように慄いた新堂が、いつも通りの笑顔を浮かべている蜉蝣を指で差す。


「お……お前、女だったのか!!?」

「うっわー、ひっどいなぁ。さすがの僕でも傷つくよ。今まで僕のことを男だと思ってたのかぁ……。でも、そうやってはっきり言っちゃうのも、君の良いところなのかもしれないね。かかかか」


 あっけらかんと笑う蜉蝣とは対照的に、美代子はカンカンに怒っていた。


「新堂君! 女の子に対してそれは失礼だよ! ちゃんと謝りなさい! もぅ、蜉蝣ちゃんも笑ってないの!」


 なんだか知らないが、蜉蝣に謝ることになった。

 謝罪が済むと、美代子が新堂の右腕を引っ張る。


「さ、早く行こうよ。遅れちゃうよ」

「お、おい、待てって。引っ張るなって」

「かかか。朝っぱらからお熱いことだねぇ。そしてハブられた僕は、新堂君の左腕を華麗にゲットだぜ!」


 二人の女の子に引きずられるように、新堂は研究室を後にした。

 復讐を区切りに、新たな決意を胸に込めた新堂の人生が、今始まる――。


〈了〉

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ