病院のロビー
薄暗い病院のロビーに置かれたテレビが事故の状況を説明している。
診察時間は終わっているのにロビーは人で一杯で、あちらこちらですすり泣く声が聞こえている。
僕はただ、何故? と自分に問い続けることしか出来なかった。
何故、こんな事故が起きた? 何故、優香がこの列車のそれも先頭車両に乗っていた? 何故、優香は死ななくちゃいけなかった? 何故、僕は優香と一緒にいなかった?
もしも、事故が起きたのが学園前駅を過ぎたあとだったら……。もしも、優香が後ろの方の車両に乗ってくれていたら……。もしも、僕が仕事に行かずに優香を車で送っていたら……。
たった一つだけ、条件が違っていたら、優香は死ななかったかもしれないのに。
朝、僕が電話した時に優香はいい奥さんになると言ってくれたのに、僕が病院に駆けつけた時にはすでに冷たく固くなっていた。
僕は、最愛の女性を看取ることも出来なかった。
うなだれたまま自責の念に駆られる僕の隣に誰かが座る。顔を上げると、そこには憔悴しきった顔の優香の母親――奈津子さんの姿があった。
列車嫌いの彼女は、優香が着付けをした美容院から、優香とは別にタクシーで大学に向かったので事故に巻き込まれなかったのだ。
優香は、一緒にタクシーで行こうと言った彼女の誘いを断り、列車で通うのも最後だから、と言って列車に乗り込んでいったそうで、なんであの時強引にでも止めなかったのか、と彼女もまた自責の念に駆られていた。
しばらく無言で座っていたが、ふいに奈津子さんが口を開いた。
「……賢斗さん。あの子を、優香のことを今まで大事にしてくれて本当にありがとうね。
私がこんなだから、あの子には子供の頃からいっぱい我慢させてきたけど、あなたとお付き合いしているあの子は本当に幸せだったんだよ。
昨日、あなたからプロポーズされたって私に報告してきたあの子はこれ以上ないぐらい幸せそうで、あなたになら、優香を安心して任せられるって嬉しかったんだよ」
言葉を選びつつ涙混じりの声で言葉を紡ぐ彼女の、固く握られた手の甲にぽた、ぽた、と涙が落ちる。
「優香は、一番幸せな時に死んだんだよ。お医者様の話だとほぼ即死で、苦しまずに死ねたんだって。何が起きたかもわからないまま、幸せなままで死んだんだよ。
だからね、優香の人生はすごく幸せなものだったんだ。……私はそう信じたいんだ」
自分に言い聞かせるように彼女は言った。答えなど期待していないのだろう。