速報
会社のすぐそばにある行きつけの定食屋に入ったのは昼をちょっと回ったぐらいの時間だった。
曇りガラスが格子状にはめ込まれた引き戸をカラカラと開けると、カウンターの中から割烹着姿のおばちゃんが笑顔で声を掛けてくる。
「あれ、にーちゃん。珍しいね、日曜なのに仕事だったんかい?」
「うん。ちょっとトラブっちゃったもんで。でももう終わったよ」
「そうかい。ご苦労さんだねぇ。じゃあ、元気が出る焼肉定食なんかどうだい?」
「ん~、今日はこの後用事があるから軽めでいいや。小ご飯と味噌汁と……鯵の開きを」
「あいよ~。なんだい、この後彼女とデートかい?」
「うん。まあそんなとこ」
「いやぁ、若いっていいねぇ。じゃあ、もうちょっと待ってておくれよ」
言いながらおばちゃんが厨房の方に入って行く。
待つ間に新聞でも、と思ったけれど、生憎別の客が読んでいたので、つけっぱなしのテレビを見るともなしに見る。
いつもどおりの平和な定食屋。平日じゃないから背広姿のサラリーマンたちでごったがえしていないのがありがたい。
「はい、お待たせ~」
おばちゃんがトレーに載せたご飯、味噌汁、鯵の開きを僕の前に手馴れた様子で並べていく。
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」
焼き目の付いた鯵の皮を箸で剥がして、箸先でちょっとだけ身をほぐし、醤油をたらす。
それをおかずにご飯を食べているところで、バラエティ番組が緊急ニュース画面に切り替わる。
ん? なんか事件かな?
『……番組の途中ですが、ニュースをお伝えいたします。先ほど、午前11時20分頃にJR香南線の新香駅と学園前駅の間で上下線の列車同士が正面衝突するという事故が発生しました』
「……え?」
聞き捨てならない単語に無意識に反応する。
香南線の新香駅と学園前駅っつったら優香がいつも乗ってる路線じゃないか。
『事故の詳細はまだ明らかになっていませんが、現場では事故直後から消防や自衛隊やボランティアで救助に当たっている模様です。事故の詳しい状況は、情報が入り次第随時お伝えしていきます』
ニュースが終わり、番組が再開されるがそんなことはもはやどうでもいい。
優香がまさかこの電車に乗ってるなんてことは…………ないとは言い切れない。
僕は左手でズボンのポケットをまさぐってスマホを取り出し、優香の番号にコールした。
5回、6回と呼び出し音は鳴り続ける。
普段ならすぐに取るはずの優香が電話に出ない。
10回、11回。
ああ、そうか。卒業式の間は出れないと言っていたからきっとそれだ。
そう自分に言い聞かせながらも、優香のケータイを呼び出し続ける自分がいた。
15回目で電子的なアナウンスが流れ始める。
『現在、電話に出ることができません。後ほどおかけ直しください』
「おばちゃん! お勘定!!」
半分以上手を付けないままの食事を残して僕は店を出て、事故現場に向かった。
カーラジオの放送もすべて事故の速報に切り替わっていて、この事故がいかに深刻かを示していた。
すでに死亡が確認された人は数十人にのぼっているらしい。
優香! 無事でいてくれよ!!
ハンドルを握ったまま、僕は知る限りの神に優香に無事を祈り続けることしか出来なかった。