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004.新月の夜

「さて、みなもよく知る通りに今この世界は二つに分断されている。私たち『アンダー』は外の世界に行けないし、外の世界の人種『イム』はこっちの中の世界には来れない。そこで今日の課題だ」


 ばんっと教卓を叩く僕らのクラスの担任、下山(しもやま) (やぶ)

 一応科学者らしい。


「外の世界と中の世界の『チガイ』を調べてこい」

「はーいヤブせんせーしつもんでーす」

「なんだねーハルタくーん、あと何度も言ってるだろうその言い方は止めろ」

「その課題簡単すぎません?」

「人の話は最後まで聞け。調べてきたことはレポートにして提出してもらう。必ず、『それを中の世界で実現させるには』も書くようにな」




 さて珍しく課題が出された今日。

 運よく陽依と会うことになってる。


 訊くっきゃないな!





 そんなわけで一気に時間飛ばして、今は放課後。


『…って課題が出されてね』

『なるほど』

『お願い陽依!外の世界のこと教えて!』

『イイヨ(´◉◞౪◟◉)』


 あああやっぱり陽依優しい!

 でもうん、顔文字のセンスわからん…なんかキモくない?これ…


『私が外の世界で好きなのは、「夜」があることかな』

『夜、ね…。どんなの?』

 さて、説明していなかったことが一つある。

 コロニーの気候についてである。

 コロニーを構成すドームの「天井」には〈空気循環器〉〈空気生成器〉〈光源〉の三つの機械が設置されている。

 〈空気循環器〉という例外–––ひと月に一回作動するかしないかぐらい–––を除く二つは、四六時中常に動いている必要がある。

 これらがなかった時代は『外の世界』の「太陽」というものを光源としていたそうなのだが空気が足りなくなってしまい、天井部に空気生成器を設置した結果太陽光が一切入らなくなりコロニーが真っ暗になってしまったため、急遽〈光源〉も設置したんだとか。

 まあ、その関係で、このコロニーにはほぼ風が吹かない。

 雨が降らない。

 曇らない。

 そして、


 夜がない。


 だから、自分の名前が夜月なのにも関わらず僕はそのどちらも知らない。



『夜、はね…』


 


▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




『夜、は、暗くて、静かで、怖い。目の前も見えなくなるし、店も閉まる。人はみんな、家の中に入っちゃう。夜は、私にとっては静かで怖いモノだった』

『...うん』

『でも、完全な暗闇じゃない。月が光ってくれてるから』

『月...ってのは、どんなのなの?』

『金色に光ってて私たちを包み込むもの...って私は思ってる』

『へぇ、いつか見てみたいな』

『「満月」の日には、ちょうどこの辺から見えるんだよ?』

『いつか一緒に見たいな』

『そうだね』




 ブブッという不快な音がする。


 私はRINEを打つ手を一瞬止め、充電残量を確認する...ってやばいじゃん、残り3%!?



「残念だなぁ、もうちょっと一緒に居たかったのに」


 さっきまで売っていた途中だったメッセージを消して、

『ごめん、充電切れそう!』


 ごめんホントはもっと話したかったのに...。


 ガラスの向こうでは夜月が可笑しそうに笑っていた。

 なんか私変な事したかなぁ?


『陽依、また(>_<)こんな顔してるよ笑』

『むぅ、笑うなぁ!』


 、といったところでとうとう私のスマホの充電が切れてしまう。


 真っ暗になった画面を見せて充電が切れちゃったことを伝え(声が伝わらないことがこんなにもどかしいなんて)、ばいばいと手を振ると、笑顔で手を振り返してくれる夜月。


 あああ...

 夜月くんマジ天使!なにあの笑顔神々しい!



「...夜、か...」





 私にとって月は、キミなんだよ、夜月くん...。


 もう小さくなっている夜月くんの後ろ姿をもう一度振り返ってみてから、私も家へと足を運ばせた。



▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




 〈【外】に在り【内】に無い物、『月』。

外の世界の光源となる日光を反射し、周りが暗くなる夜に輝く、月。私たちの住む中の世界でも、【光源】の明るさなどを調整することで月が出ている状態に似た状態を作り出すことは可能である、しかし。外の世界の人々は闇夜の中輝く月を、暗闇という恐怖のなか唯一の頼りとし、心のよりどころにしている–––各々に自覚がなかったとしても、心のどこかで。だから、私たちの住む【中の世界】に『月』を再現することは不可能である。どんなに機械によってそれを再現しようと、本物のそれのように人々の心のよりどころ、癒しになることは無理なことだ–––〉



「相変わらず捻くれ者だねよづ兄」

「るさいなぁ」


『外の世界のものを中の世界で再現する』という課題の結論が、「不可能である」。

 いや我ながら捻くれている。

「でもいいだろ、一応こっちに「人工の月」の設計書いたんだから、工費とかそこら辺も全部」

 レポート用紙を裏返してユウに見せつける。

「さすが天才」

「だからこの結論でも文句は言われないかと」

「異議ナシ」

「よろしい」


「っていうか変な話だよね」

「何が?」

「よづ兄さ、『夜』『月』のくせにどっちも本物見たことないんだもんんね」

「それは自分でもよく思うよ」

 中の世界で育った両親も当然それらを見たことがないはずなのに、なぜ僕に夜月なんて名前を付けたんだろうな…。

「ま、能天気母さんと永年無邪気父さんのことだからねー、案外気分でつけられてたり」

「あながちありえなくないからそれ」


 ああまたユウに時間を取られてしまった。


「レポート完成させるからそこどいて!」

「ええ~つまんないの」

 僕の勉強机にどっかり座っているユウを押しのけ、僕はレポートの仕上げに取り掛かった。





▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲





「なんであんたはいっつもそうなの!いつもいつもいつもいつもッ!!」

 狂ったように叫ぶ女。


 蹴る。

 殴る。

 叩く。

 踏まれる。

 刃物を投げつけ。

 助けての声も出ない。

 泣けもしない。


「ああああああああっ!なんでェェェェっ!アンタはァァァァァッ!!」


 父にもそれは止められなかった。


 止めに入った父も殴られる。

 蹴られ、

 刃物を投げられ。



 ナイフが飛んでくる。そして、


「きゃあああああああああああっ!」


 腕を掠る。

 血が吹き出、意識が遠の――――





「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!……はあっ…はあっ…はあっ…、夢、か…」


 汗ぐっしょりで目覚めたのはまだ深夜の3時。


「またこんな夢見て…。どうしたんだろ私」

 心臓は激しく鼓動したまま。

 傷跡の残る左腕をおさえる。

 腕が震え、足も震え、着替えるため立ちたくても立てない。


 怖い…怖いよ…


「助けて…だれか、ねぇ…」


 当然、誰も来てくれない。

 ――夜月、くん…

 なびくカーテンから夜空が覗く。


 そこに、普段見えるはずの月はない。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 私の絶叫が、漆黒の空に呑まれていく。




 –––今日は、新月。





「お…わったぁ…!」


 とうとう仕上げ終わったレポート、

 時刻はもう日付が変わり3時になっている。


「やばいな…徹夜すると全く眠くなくなるんだよな僕」


 隣の部屋からは魔人の轟(妹のいびき)が聞こえてくる(ほんとにこの表現が正しいぐらい酷いいびきだ)。

 さて、眠くないけど僕も布団に入るか、と思ったとき大切な事を忘れていたのに気づく。


 陽依にお礼言ってないや…。


 まぁ陽依は寝ているかもしれないけど、RINEに送っとけば朝にでも見てくれるだろう、と思い「昨日はありがとう」と送っておく。


 想定外なことが起こった。




▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲





「はあ…はあ…」


 乱れる息を整えようとしても、心臓が落ち着かないせいでいつまでたってもおさまる様子がない。


 と、その時、


 ぴこん、とスマホの着信音が聞こえる。


 …こんな時間に誰が…?

 震える手を伸ばし、スマホを手に取ると、

「夜月くん…!」


 とっさに私は「無料通話」のボタンを押す。







▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲






「着信?RINE?…しかも、陽依?」


 何かあったのかと慌てて応答する。

「陽依!?どうしたの!?」

「夜月くん…助けて、怖い、怖いよ…助けて…!」


 陽依…?


「陽依、大丈夫!?」

「夜月君…」

 スピーカー越しに初めて聞いた君の声は、

 怯え震えて、恐怖に包まれ、涙に湿っていた。



「どうしたの?大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫…」

「何があったの?話なら聞くけど…」

 大丈夫という彼女の声は大丈夫じゃなく小刻みに震えていた。

「ごめん夜月君、一つだけお願いされて…?」

「うん」

「何にも喋らなくていいから、何にも話さなくていいから、さ…。もう少し、通話続けて…落ち着くまで、お願い…」

「ああ、いいよ」


 通話は続いた。

 無言の通話が。


 陽依は何も言ってこない。僕も何も話さない。

 聞こえるのはただ、陽依の乱れた呼吸と、しゃくり上げる声だけ。



 そのままで10分は経っただろうという頃、ようやく陽依が口を開いた。



「ごめんね…迷惑だったでしょ、こんな夜に急に」

「ううん、全然。気にしないで。それに」

「それに?」

「陽依の声も聴けたしね」

「えっ…ちょっ…!」


 急に黙ってしまった。


「…そんな事、急に、なんか照れくさい…」

「ああうわわわああああごめん!」

「まあ、君の声に助けを求めた私がそんな事言えたもんじゃないけどね」

「…?」

「ホントにごめんね、いきなり。でも、君の声に救われた。助かったよ、ありがとう」

「何があったかは知らないけどさ、また今後助けてほしくなったらいつでも言ってね?僕で力になれるんだったらなんでもするよ」

「うん、ありがと…あ、『夜明け』だ」


 聞きなれない単語が出てくる。


「ヨアケ…?」

「ああそっか、〈中〉には夜がないんだもんね…。夜明けってのは、夜が明けて朝になる時の事」

「へぇ―」

「そろそろ寝なきゃ明日学校辛くなるから、落ちるね!」

「うん、わかった」

 もうちょっと話してたかったな…。

「君の声を聴けてよかった。ありがとね!おやすみ、夜月君」

「こちらこそ、君の声を聴けて良かったよ、おやすみ、陽依」


 ぷーぷーぷーという機械音、画面に浮かぶ通話終了の文字。




▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 …優しい声だったな…ってか


 …優しい声だったな…てゆーか




「なにあれめっちゃ可愛い!!!」

「ナニアレ超イケボすぎかっこいい!!!」



 同タイミングに同じようなことを叫んでいるなんて、つゆ知らず。

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