とある今年のクリスマス
Christmas is doing a little something extra for someone
- クリスマスとは、普段よりもう少し誰かのために何かしてあげること -
――― Charles Schulz
†
2015年12月24日。
クリスマスイブ。
多くの人がこの日を待ちわび、朝からついそわそわとしてしまう日。
けれどまぁ平日には変わりなく、月末に変わりなく、どうしようもなく年末で、クリスマスイブというこの日は、いつもより忙しい日だったりもする。
三田黒子にとっても、この日は1年で一番忙しい日だ。
6年ほど前、とても幸せな時期 (今思えば人生で最高の日々を過ごしていたかもしれない頃) に、自分の名前が『三田黒子』と読めなくもないことに気がついてしまい、「サンタクロースからのクリスマスプレゼントキャンペーン!」とか言って、通常価格の半額セールなんてものを始めたのをきっかけに、その忙しさは年々増していった。
始めた年は2人だった客は、毎年1人ずつ増えていき、今年はいよいよ7人のお客さんの相手をすることになってしまった。
一夜で7人。
流石にその人数を相手をするのはいよいよ三十路が迫る黒子には色々と限界に近かった。
昨年6人相手できただけでも奇跡だと思っているのに、1年歳を重ねた上に一人増えるのだから、絶望感がハンパない。
このクリスマスセールも今年までかなと思いつつも、そんなことはすでに2年前から思ってはいるのだが、こうやって結局またやってしまっている。
というのも、黒子のこの仕事も通常料金では年々利用者が減ってきていて、最近はほぼほぼこの時の稼ぎのみで生きているような状態になりつつもあるのだった。
止めるに、止められない。
止められない止まらない。
そんなわけで、三田黒子のクリスマスイブの朝は早い。
事前予約は12月の頭で締切、そのあとは、ほぼこの日のために準備をする。
イブ当日は、3週間近くかけ入念に準備したものの最終確認と最後の仕上げに取り掛かる。
まずは予約した7部屋の確認。
このクリスマスキャンペーンはクリスマスイブの1日で処理するので、都内限定に、それも環状線内に限定して募集をかけている。
だから、ホテルは散らしてはいるが近隣にある。
部屋のチェックは1部屋移動込みで30分。最初の頃は1時間ぐらいじっくりしていたが、今年は7部屋もある、1時間かけていたら7時間もかかる。
そのため、30分で迅速に行う。
最初のプラン通りにいけばなんの問題もないのだが、トラブルが起きないとは限らない。
考えられるあらゆる事態をシミュレートし、どんなイレギュラーにも対応できるよういくつもの予備プランを考え、そのセッティングもしておく。
もちろんホテル周辺にも様々な仕掛けを準備しておく。
この予備プランが徒労に終わればいいのだが、なかなかそうはいかない。
ここ最近は、2~3人は予定通り行くのだが、残りがどうにもうまくいかず、予備プランでなんとか事なきを得るという状態だ。
今年こそは・・・とも思うのだが、人数が多くなれば多くなるほど不測の事態は発生しやすくなる。
朝の3時から行動を始め、夕方の5時まで掛けてすべての部屋、その周辺をチェックし準備を整える。
そして、夕方6時には、最終ポイントで最終準備を始める。
黒子はそこで真っ赤な勝負下着に着替え、ミニスカサンタのコスプレに着替える。
これで準備はばっちり。
黒子はその場に横になり、時間まで街を見下ろす。
12月末の東京の夜は冷える。
しかも、ビルの屋上だ。
体が本能的に温めようと震え出す。
こんな状態では仕事がやりづらい。
しかし、黒子はこの道のプロ。実はそこそこ有名だったりもする。
そんな黒子は、その気になれば震えを止める術を知っている。
冬の冷たい風を感じながら、眼下にちらつくカップルたちに見ては肉体的にも精神的にも冷めていく。
うっかりキスしているところなんて目撃した時には、自然と舌打ちしてしまう。
「誰か私に彼氏をプレゼントしてくれないかな~」なんてぼやいてしまう始末。
いったい自分はこんなところで何をしているんだと心をかき乱されてしまう。
精神的にも肉体的にもガタガタと震えるような状態になっていたが、時間が近づくとスイッチが入る。
夜7時。
まずは一人目が、予定どおり部屋に現れた。
ここまではいつもどおり。予定通り。
黒子はスコープを覗き込み焦点を合わせる。
ゆっくりと息を吐き―――止める。
「メリークリスマス」
黒子はそうつぶやいて、ゆっくりとトリガーを引いた。
/ 暗転