気づけば季節は移り変わり
ドタドタと騒がしい音で私は夢の中からたたき起こされるように目を開けた。
「チバー!」
「千葉起きろ」
「千葉さん起きてください」
目の前にはこちらを見つめる三人の顔があった。
「弐……耳元で叫ぶな……壱……さんをつけろさんを……斉藤……一緒になって遊ぶな」
どうやら研究所の自室で寝ていた私は、斉藤と研究対象の二人……壱と弐に起こされたようだ。
「おはようございます、千葉さん」
「「おはよう」」
研究施設だというのに、どこか明るい雰囲気を醸し出す原因は、斉藤と壱と弐のせいであろう。
斉藤とともにこの二人に出あってから早いもので四年の歳月が経っていた。私自身驚いているが、斉藤とこの二人と行動をともにするようになってから、今まで研究にばかり没頭していて気にしていなかった季節の変わりようというものをはっきりと感じれるようになっていた。まあそれも斉藤が二人をこっそり外につれだしているのについていっていただけなのだが。
その二人壱と弐もこの四年でみるみると成長していた。子供の成長とは目を見張るものがある。壱は最初のころにとは別人のようにベラベラと喋るようになり普通の子供のように生意気に成長した。
弐は当時に比べれば喋れるようになったが、歳相応には発達しておらず少しだとだとしさを残していた。だが行動は壱にも負けず活発で、やはり生意気と言う言葉が似合う感じになっていた。ここまで喋れるようになったのも斉藤の努力の賜物であった。
目を見張ったのは、顔の作りである。二人ともやはり、丹精な顔立ちは健在で、よりいっそう美男子という言葉が似合う顔になってきた。
そんな美男子二人を見守る斉藤も四年という歳月が経ってもなお、美しさを無くすことなく、よりいっそう美しさに磨きが掛かっていた。
だが一番驚いたのは自分の心境の変化であった。あれだけ斉藤に二人を研究対象として接しろといい続けていた私が二人と接していくことで、二人が私の名前を口にした瞬間、笑いながら私の側にやってきた瞬間、二人の小さな成長に感動している自分がいた。私は既婚者ではないが、もし子供がいたのならばこんな気持ちなのかと、家庭を持つのもいいのかもしれないと隣で壱と弐を見つめながら笑う斉藤の横顔をみてそう思った。
「ねぇねぇ千葉? いつ斉藤と結婚するの?」
「するの? するの?」
これだ……どうも壱は人の心の動きを感じ取るのがうまいらしく、最近そんなことを不意に言うようになった。弐はどうか知らないが面白がって兄の言葉をオウムのように繰り返す。
「ば、馬鹿かお前ら……私がこんな奴と……」
そう言いながら私は斉藤の顔を横目でチラリと覗く。するとなぜか斉藤は下を向きながらチラチラとこちらを見ている。
「うわぁ両思いだ!」
「両思いだ! 両思いだ!」
斉藤はさらに俯き顔を真っ赤にしていた。何であろうか……この懐かしいと思う感じは……そう子供特有の独特の潔癖というか、まだ性別が不確かな少年少女にある変な壁のような物を感じるいい年をした大人二人が子供の言動に振り回されるなんてと私は心の中で笑った。そんな穏やかな気持ちに浸ろうとするのだが、目の前にいる壱と弐はそうさせてはくれず、私の手を引っ張りだした。
「お、おいどこに行くんだ?」
「まだ寝ぼけてるのか? 実験しに行くんでしょう」
「行くんでしょう 行くんでしょう」
その言葉に自分達と壱と弐が置かれていた現実に引き戻される。そうだこの二人は斉藤の弟達でもましてや私の子供達でもなく実験対象なのである。私は斉藤の顔を見つめると、斉藤は少し悲しそうな表情で笑っていた。
壱と弐は実験を遊びの延長だと考えていた。現在行っている実験は兄の壱が持つ謎の力を解明であり、あの頃に比べるとその力の謎の解明は進んだ。
兄の壱が持つ力は命を吸い喰らうという力だ。それがどうして壱に発現したのかはまだ解明できていないが、この世界にある命を養分とし壱は自分の命を保ってきていた。そう今から行う実験は、壱にとっては自分の命を保つための食事でもある。
これは憶測でしかないが、当時自分の力を理解できていなかった壱は自分の命を保つため、身近にいた村の者の命を吸っていった。それを気味悪がった村人達は家族ともども壱を幽閉した。そして吸える命が無くなった壱は両親の命を吸い命を保ってきたのだ、そこでなぜ弐の命を吸わなかったのかは分からないがそこで生き残った弐と、壱と直面して生き残った斉藤には何か関係性があると私は考えた。
「分かった……行こう……」
私は楽しい夢から覚めた現実の時のように体が重く、壱と弐を実験へ向かわせるのが辛くてしょうが無かった。
私はそこで自分が斉藤に言い聞かせていた言葉をまた思い出す。
研究対象を研究対象としてみろ……やはり私の考えは間違ってはいなかったと……。