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千葉研究伝記  作者: 山田二郎
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私と鬼子と斉藤と

 隔離部屋は本来、研究対象の身に何らかの異変がおこり、それが人に伝染するということが分かった時や、研究の結果凶暴になり手がつけられなくなったが、まだ研究を続けなければならない研究対象を隔離して研究する部屋だ。

 部屋には何もなく、ただ真っ白な空間だけがそこにあるといった場所でとりわけ何か仕掛けがあるといったことはない。常人ならば一日もいれば気がおかしくなるであろうそんな部屋で研究対象の子供二人は隔離されていた。


 「それでどうするのだ、彼らとの接触は危険だぞ」


隔離部屋から分厚い壁一枚隔てた部屋で私と斉藤はガラス越しに研究対象を見ながらこれからどうするか話し合っていた。

 何人もの研究員が、研究対象の謎の力の前にその命を散らしていったが、まあこれまでの彼らがやってきたことを考えるとその末路は当然と言えば当然なのかもしれない。こんなことを考えている私だって彼らを非難できるような立場ではないので、もしこの場で何があろうともそれはそれでしょうがないと思っている。だが斉藤は別だ。彼女は私や彼らとは違いどうにかして少年達を救いたいと思っている。彼女があの研究対象の謎の力で死に至ることはあってはならないと私は思う。


 私は斉藤の顔をこっそり覗き混むと私の気持ちなど梅雨知らずといった気力たっぷりとでも言うような表情で私を見つめ返し


 「大丈夫です、話せば分かってもらえます」


 と言った。不意であり私は彼女の視線から自分の視線を外すことが出来ず、蛇に睨まれた蛙のように一瞬動けなくなってしまった。


 「えっと……大丈夫ですか千葉さん?」


斉藤の問いかけで我に戻った私はすかさず視線を彼女から外す。


 「千葉さんって人の目をみて話すの苦手なんですね……なんだか可愛い」

 

同僚ではあるが年上である私を可愛いと言う斉藤に失礼な奴だと私は思ったが、そこまで嫌ではない自分がそこにいた事をなぜだか恥ずかしく思った。 だが本当に目の前にいる女性は研究者なのだろうか。話せば分かるとは研究者の口から出ていいような言葉ではないだろうに。


「じゃ行きます」


目の前には厳重に施錠された隔離部屋に続く扉があった。鍵は何十も設置されており扉自体も分厚く蹴り破ることなどできなく、もしかするとちょっとやそっとの爆発に耐えるのではないかというぐらいの扉だ。


「あけますよ」


と口にしているうちに斉藤は何十もの鍵を開け始めていた。


「扉はお前がけろ、最初に私が入る」


ガチャリと最後の鍵が開く音をたてるとともに、斉藤は私の顔をのぞきこんだ。私はとっさのことでまた一瞬体が硬直する。私は人の顔をみて話すというのが苦手というわけではない。ただ彼女とはどうしても顔を合わせて話せないのだ。うっすらではあるが私は自分の心が他の研究者動揺淡い炎をたぎらせているのだと気づきはじめていた。


「何言ってるんですか、最初に入るのは私です」


頬を膨らませながらそういう斉藤の表情は実年齢よりも幼く見える。


 「い、いやだが危険だろう」


一瞬見惚れてしまった私はそのことを気づかれまいとすぐさま斉藤と扉の間に割り込んだ。もちろん顔は斉藤からそらして。


 「彼らの担当は私です、そこをどいてください」


今度は真剣な表情で私を見つめる斉藤。私はそっぽを向きながら彼女の前に立ちはだかったが、彼女は私の顔に自分の顔を持ってくる。私が違う方向に顔をそらすとまた自分の顔を近づけて視線を合わせようとしていた。私はたまらず彼女の言葉に従い扉から離れた。


 「いきますよ」


扉を開けようとする斉藤だったが、どうや彼女の筋力で扉は開かないようだった。


 「……分かった私が開ける」


彼女に扉をあけさせようとしていたがよくよく考えれば女性の力で開くような扉では隔離部屋の扉は務まらない。普段ならばすぐにでも気づきそうではあったが、斉藤との意味の分からない争いで私はそのことを忘れていた。馬鹿であったと少々反省しながら扉を開く。

 なるほど確かに女性の力ではびくともしない扉であった。扉は鉄と鉄が擦りあうような音をたてながらゆっくりと開いた。


 「……」


扉の中は本当に真っ白で、そこだけ切り取られている感じで別の世界のような感覚にとらわれた。そんな真っ白な世界にちょこんと研究対象の少年二人が座っていた。

 そんな真っ白な世界でちょこんと座る少年二人をじっとみつめる斉藤を私は肘を彼女に当て何か喋るよう促した。


 「あ、わ、よろしく」


斉藤はそう言うと深々とお辞儀をした。そんな斉藤を見つめる私と研究対象の二人。


 「……へ、え? ……」


斉藤は私と研究対象の二人の顔を交互に見た。


 「お前……」


この組織に入って研究者が研究対象にたいして頭を下げるところをはじめてみた。少なくとも今まで私が見てきた研究者は頭など絶対にさげない。


 「さてそこの二人よ、これからここにいる女性が君達の担当になる斉藤だ」


なぜ私が斉藤の自己紹介をしなければならないのか分からないが、このままでは話が先に進まない。


「こ、こちらはお節介焼きの千葉さんです」


「お節介焼きとはなんだ」


自分の紹介も出来もできないのに、なぜ私の紹介はできるのだ。ぼーとっとしているがたまにさらっと失礼なことをいう斉藤と話していると、どうも調子が狂ってしかたがない。


「……」


いい年齢の大人が二人ガヤガヤ騒いでいるというのに、目の前にいる子供達はまったくの無反応である。これではどちらが大人かわからない。


「それで……あの……」


斉藤は何か言いたそうにしているが、もじもじしていてなかなか言い出せそうにないようだ。私に大丈夫と言ったのは何だったのだろう。


「はぁ……お前達の名前が知りたいのだが教えてくれ?」


すごい勢いでうなずく斉藤。目の前の二人はそんな斉藤の上下する頭を視線でおっていた。

 話や報告書をみる限りではすぐに研究対象の片割れが特殊な力を使い始めるとあったが、いまだそんなそぶりはなかった。だからといっていつこの研究対象が牙をむくともかぎらない、油断せずに監視を続けなければならなかった。

 研究対象の二人はお互いの顔をみあった。報告書には兄弟とあったが、たしかにどことなく似た顔つきをしている。幼さは残っているが、どちらも整った顔をしており、普通の生活を送り成長していれば女がほおっておかないぐらいの美男子に成長したかもしれない。

 私はいまだ見つめあったまま何も語ろうとはしない二人の返答を待った。斉藤も催促することはせずじっと二人が口を開くのを待っているようだった。

 

 「……わからない」


口を開いた。背丈からすると兄のほうがそ呟くと、兄より少し小さい弟はこちらを向いてうなずいた。


 「ひぃ……ひやぁぁぁぁぁぁ」


斉藤の口からとてつもなく変な声がもれ、目の前にいる少年二人はそれに驚き体を強ばらせた。当たり前だ私ですら少し驚いた。


 「なんだその声」


私は斉藤のほうに顔を向けると斉藤は頬を染めながらまんべんの笑みを浮かべていた。


 「可愛い声ぇぇぇぇ」


今にも斉藤はこの世から溶けてしまいそうな表情で辛抱できなくなったのか、二人に近づいていく。呆気にとられてほんのわずか間が空いてしまった私はすぐさまに彼女の手を掴み引き留めようとしたが、彼女の手は私の手をすり抜け二人の元をへと向かってしまった。


 「行くな斉藤」


私の言葉を聞くことなく斉藤はとうとう二人に触れられる距離まで近づきそして二人を抱き締めた。


 「お、おい……」


私はすぐさま引き剥がそうとしたのだが、なぜかそれができなかった。抱き締める斉藤と抱き締められる二人の少年がまるで1つの絵画のように美しく見えたからだ。私がそこに割って入って汚してはならないようにさえ思えてしまうほどに。

 しばらく抱き締めていた斉藤は、ゆっくりと二人の顔をみると


 「よろしくね」


そう言って母親のそれのように優しく微笑みもう一度優しく二人を抱き締めた。






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