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千葉研究伝記  作者: 山田二郎
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鬼子と斉藤

 研究対象が組織にやって来てからあっという間に一週間が過ぎ去った。

何がどうしてそうなったのか、現在研究対象の所在は、斉藤の元にあった。斉藤の元にやって来た経緯を話すと、一週間前に研究対象が組織にやって来た時から話さねばならない。


 玄関先で研究員達が見つめる中、車から降りてくる研究対象は、厳重な拘束着と目隠しをされ、車イスに乗させられ現れた。研究員達はその光景を見つめ、各自何かを呟いていた。


 「あの子達が……」


 私の横でほかの研究員と同様に感じたままにそう呟いた斉藤の声だけが私の耳にはっきりと入ってきた。


「酷い……あんなにキツく縛られて」


見るに耐えないといった表情で研究対象から視線を反らした斉藤は自分の手を強く握った。


 「研究対象は危険な力を持っていると報告があった、あれぐらいしないと制御ができなかったのだろう」

 

「……彼らはこれからどこに向かうのですか?」


この組織に何年もいる人間にまさか研究対象がこれからどこに向かうのかという説明をしなければならないとはと思ったが、斉藤だからありえる話なのかと私は自分に言い聞かせため息をついてから口を開いた。


 「まず体の汚れを取り除いて身体検査だ、それこそ頭から爪の先まで隅々と……ああ、今日の担当は広縫(ひろぬい)だから結構えげつないな、研究対象なら男だろうが女だろうが欲情するって組織の中でも五本の指に入る変態らしいからな」


玄関先で暗部が引いてきた研究対象の子供たちが乗った車椅子を引き継ぐ男広縫の姿を見つけた。

 話の途中から手で口を押さえ嗚咽を堪えている斉藤。この程度の下世話ならばここの者でなくともするものは多いというのに、つくづく清い心の持ち主だと関心すら覚える。


 「お前は無菌室か何かで生活していたのか? これぐらいで弱ってよく今までやってこれたな」


 「む、無菌室で生活なんてしてませんよ」


無菌室はあくまで冗談だ、だが目の前の斉藤を見ていると彼女は表の世界にいたころでも相当に苦労したのではないかと感じてしまうほどに清らかであった。


 「私は……」


それだけ口にして涙でうるませた瞳を白衣の袖で拭い、私達の前を通りすぎた研究対象の後ろ姿を真っ直ぐに見つめた。


 それから研究対象は私が説明したようにまず体の汚れを洗い流し、広縫の待つ検査室、別名広縫の性処理室に運ばれていった。毎回広縫が担当だと時間がかかり、しまいには研究対象の世を恨む叫びと、下品に笑う広縫の声が響きわたるのが通例となっていた。私は好みではないので行ったことは無いが、希望すればその様子を見学できるという話であった。

 だが今回は様子が違った。部屋の中に入って数分が経過したところで突如として広縫の叫び声が響きわたった。それは快楽に溺れた声ではなく、何かに襲われ放たれたような声だったという。さすがに中に入って見学する勇気は無かったようだが健気にもその部屋の前で待っていたという斉藤は、あまりにも恐ろしい広縫のその声に意識を失いかけたようだが、自分を奮い立たせ少しでも緩めば気絶しそうな意識を堪え意を決して扉を開け中に入った。斉藤の目の前には事前に聞かせれていた報告通り、干からびたような姿になっていた広縫の姿が写ったという。発狂しかけた斉藤の目の前には、腹を擦りながら満足そうな顔をする子供と、体育座りをして焦点が定まっていない子供の姿があったという。腹を擦っていた子供はその光景を呆然と見つめる斉藤をみて、「ごちそうさま」と言ったらしい。そこで斉藤の保たれていた意識はプツリと切れたそうだ。

 その騒ぎに研究員達はぞろぞろと野次馬のように部屋の前にあつまりだした。開かれた扉の向こうには、意識を失い倒れていた斉藤と、それに引っ付くように寝息をたてて眠る子供二人の姿があった。

 そんな騒動があり意識を取り戻した斉藤は、意識を失うまでの経緯を説明するため上のお偉い人間に引っ張られていった。帰ってきたのはその騒動から丸々一日経ってからだった。

 広縫は変死していたが、当然ではあるが悲しむ者などおらずそれよも広縫の検視をしたくて仕方の無い研究員達で一杯であった。

 研究対象はそれから滞りなく身体検査をうけ、担当となる研究員の元へ運ばれたのだが、一日経たずしてその研究員も干からびて変死を遂げた。それを何回か繰り返すこと数回、さすがの変態集団である研究員達も匙をなげ行き着いた場所が斉藤の元であったという訳だ。

 どういう経緯であれ、斉藤の希望は叶い、ほっとしたような表情をみせる斉藤が正直心配でならなかった。そんな私の表情に気づいたのか、すぐに視線をそらした私に向かって彼女は一言「大丈夫」と言って研究対象達が隔離されている部屋に向かっていった。

 何が大丈夫なのか分からないがよくよく考えてみると、研究対象と部屋で対峙して生き残ったのは彼女斉藤たげなのだ。あながち彼女の大丈夫は本当に大丈夫なのかも知れないと思ってはみたが、仮にも研究者としてなんの確証もない言葉を信じるわけにもいかず、私は彼女について行くことにした。彼女は「心配しないでください」と視線を合わせない私の顔をみて困った顔をしていたが私は彼女の言葉に耳を貸さず彼女の後についていった。

                      

「千葉さんて以外に頑固ですね」


お前に言われたくはないと心で呟きながら、私と斉藤は研究対象が待つ隔離部屋へと向かった。                                                                                                                      

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