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千葉研究伝記  作者: 山田二郎
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4 私と斉藤

  私と斉藤は同期で当時彼女は強人の期待の新人であった。まわりの研究者達は彼女を天才、もしは自分の地位を貶める驚異の新人と林たてていたが、彼女自身は謙虚で向上心のある女性であり正直私には彼女がなぜこんな得体の知れな研究所にいるのかわからなかった。そして彼女を知るうちに私の疑問は大きなものへとなっていた。

 彼女はこの組織の研究者としては優しすぎた。研究と称してつれられてくる身元不明の者達をなんの感情もなく、いや喜びながら実験材料として使うこの組織で彼女は自分の良心を汚し、それを飲み込むことができなかった。最初こそまわりから騒がれていたが彼女の正義的な性格から、何もできない腰抜け研究者として彼女の立場はとても危ういものとなっていた。

 違法な研究を続けるこの組織は当然ではあるが外に情報が漏れることを嫌う。だから組織に入った瞬間、研究員の命は組織のものになり、使えないと判断されれば消されてしまう。逃げようとしてもすぐさま暗部が動き、次の日には魚の餌か森の栄養になっていることであろう。

 人の命を研究対象としかみていないこの組織が人一人をこの世から消すということは動物が息をするように自然な作業なのだ。

 それゆえに暗部では逃げ出した研究員を捕まえるために新人の暗部を使い、人を殺す訓練をさせているという話もある。

 とまあ我々研究員はこの組織に入った瞬間、自分の生死や生き方を固定され表の世界に帰ることは不可能となるのだ。まあほとんどの者達はここから抜け出そうなどとは塵にも思わないだろうが。理由としては湯水のように溢れてくる研究資金や最新鋭の研究施設が提供されること……後は人を殺してもまったく問題にならないということであろう。


 まさに悪魔との契約だ。


そんな何本も頭のネジがとれているようなやからの中で、彼女の存在は異質なのである。

 彼女の容姿は美しく、研究員の中でも心に淡い炎をたぎらす者は多い。だがその容姿のせいで、自分の体を売って自分の立場を守っているという噂も流れている。ただ私が思うに、彼女はそういった行為ができる人間ではないと思う。先も語った通り、彼女の心にはこの場にいる誰もが持ち合わせていない正義感というものがある。彼女が持つ正義感が自分の体を売るなどということを許すはずが無かった。だからこそなおさらに彼女がこんな場所に身をおいているのが私には理解できない。

 ただそうなると彼女がなぜ今だに組織に留まれるのかが謎であった。彼女の正義感というものが働いて、自分の女としての力を利用していないとするならほかにどんな方法があるというのだろうか。

 私は知りたかったが、彼女が私に気づき屈託のない笑顔を見せるとどうしても口が籠って言いたいことがいえなくなってしまう。あの笑顔をみると淡い炎をたぎらす研究者達の気持ちがわからなくもないと思ってしまった。


 「千葉さん」


彼女は遠慮気味に小さく手を私にふった。まわりにいた研究者達の何人かはその光景をみて斉藤の視線の先にいた私を睨みつけるように見つめていた。

 

 「斉藤やめなさい」


まわりから向けられる嫉妬や妬みが要り混じった視線が痛い私は彼女に小声でそういうと、研究所の玄関を見つめた。


 「お前……どうしてここにいる?」


視線は玄関にとどめたまま、私がそう言うと首を傾け何でそういうこというのかというような表情で私をみる斉藤が私の視界の端っこに入ってくる。


 「お前は研究対象を出迎える恒例行事にはいつも首をつっこまないだろう」


ひたすら玄関を見つめながら私がそうとようやく私の言葉を理解したようで納得したような表情をみせる斉藤はうなずき、口をひらいた。


 「今回送られて……」


言葉がとまる。多分彼女は今回送られてくる子供達を研究対象と称しては呼びたくなくそれに変わる言葉を探しているのだろう。まったくどこまでも正義感が強く不器用な女性だ。


 「子供達か……?」


 「あ、はい」

 

求めていた言葉が見つかり、また屈託のない笑顔をみせる斉藤。私の視界の端っこでもこの威力だ、真正面からみたら中には気絶する者もいるのではないかと私は思い、自分のその笑顔がどれほどの男を惑わしているのか理解したほうがいいと私は思った。

 だがその笑顔はすぐに曇った表情へと変わる。

 

 「今回は子供達です、大人だからいいとは言いませんが、子供をその……研究対象にするなんてあまりにも酷い……思うのですが……」


私より頭二つ分せの低い斉藤はそう言いながら私を上目遣いでみてくる。視界の端っこだと言うのになんという破壊力だ。思わず私はめまいを感じたが何とか悟られぬように踏ん張り平然を装った。


「……だから私が彼らを引き取ろうと」


 何とも甘い考えだ、実績も何もない彼女が、高対象の実験体を独占する権利など貰えるはずもない。私は彼女の言葉に鼻で笑った。


 「無理だな、お前の今までの実績じゃ触ることもできゃしない」


少々厳しかったかもしれないが私は彼女の考えを否定した。彼女の瞳には悲しみのような感情が籠っていたように思う。


 「この組織にいる以上、お前のその正義感や優しさは必要ないものだ、どれだけ研究対象を素早く切り刻み、自分が思い描く結果にたどりつけるか、そして研究対象を研究対象としてしか見れない心を持つかだ」


 そもそも研究対象を研究対象として考える心など、ここにいる研究者なら、空気を吸って吐くぐらい自然なことなのだが、彼女には言う必要があった。

 彼女は一層悲しみの色を強めた瞳で私をみつめていた。心臓にチクリと痛みを感じながら玄関先で動きがあったことに気づく。研究対象を乗せた車がようやくやってきたのだ。車が止まると周りの研究者達は落ち着きを無くしソワソワとし始めた。

 彼らの運命はここで終わりだ、あとは組織のために頭の先から足の爪の先、髪の毛一本にいたるまで、組織の物になり果てる。それこそ灰も残らぬほどに。

 私が玄関の前に止まった車から視線をはずしこっそりと視線を斉藤に向けると、斉藤は堪えきれなかったのか瞳から涙をながしながら、玄関の前にとまった車を見つめていた。だがそれだけではなく斉藤は小さく呟いた。

 

 「ごめんね……ごめんね……絶対助けるから」


彼女は優しく正義感があり不器用で……そして新たに付け加えよう……頑固者だ。

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