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千葉研究伝記  作者: 山田二郎
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私の中の私




 蛙が宙を舞っている。だがそれは決して己の力では無い。蛙が宙を舞っているのは人の手によって投げ飛ばされたからだ。その高さは蛙自身の跳躍力を遥かに超え、着地の瞬間蛙の体はその衝撃に耐えられず体内の内臓は破裂を起こす。見た目では分からないその傷は蛙自身も理解しているのか分からず、数メートル先までは普通に飛び跳ね、そして果てた。

 それは私の幼い頃の記憶。だがそんな光景が今私の目の前には広がっていた。

理解し難い力が白衣を着た研究者たちを次々に投げ飛ばし着地すると同時にその衝撃に耐えられず研究者たちは口からドロリと血を流し絶命する。

 人の姿をした何かは荒い息を立てながら次の得物をその鋭い眼光で探すのだ。


「うっうわああああああ!」


19××年5月21日深夜、組織は人の姿をした何かが逃げ出し混乱していた。得体の知れない力は次々と研究員を突き上げ突き下ろし、潰していく。廊下は研究員の血で真っ赤に染まっていた。


「千葉さん……ここも危険だ……斎藤さんを連れて逃げてください」


弐は斎藤を庇いながら血で真っ赤に染まった廊下の先に居る人の姿をした何かから距離をとりつつ見つめていた。それに続く私。


「だが……」


斎藤が走れる状態に無いため、その進みは遅く人の姿をした何かが研究員たちを襲っていなければすぐに追いつかれるほどの速度であった。弐はどうやら斎藤と私を逃がすためにこの場に残り足止めをしようとしているようであった。

 だが弐をこの場に置いて行くことは即ち弐の死を意味する。いくら組織の暗部といっても目の前の人の姿をした何かを弐がどうにかできるとは思えなかった。私は弐の言葉に異を唱える。だが弐は首を横にふった。


「もう……駄目なんです……ああなってしまったら……」


弐は何かを知っているような口ぶりであった。そして弐はこうも続ける。


「私はこういう状況になった時に二人を守るための護衛です」


 弐が私と斎藤から離れてから己の身に何が起こったのかは知らない。だが確実に言えることは、今この場で起こっていることは想定されていた状況であるということだ。そして多分、弐が受けた本当の命令は、私達二人では無く斎藤一人の護衛であること。

 弐が私も護衛の対象としたのは、弐が少なからず私の事を思ってくれてるからだろうか……それは解らなが、やはり斎藤には何か重要なことが隠されているに違いない。

 やはりあの男が口にした光と闇の双子神というのが関係しているのだうか。だが情報が少なすぎてどれもが憶測の範囲を出ないのは明白であった。

 ならばそのすべてを知っているであろう弐に直接聞くしかないと思った私は、歩くことすら放棄している斎藤の肩を担ぎながら逆側の肩を担ぐ弐に聞いた。


「弐! お前は何を知っている……なぜ彼奴は……なぜ壱はああなってしまった!」


人の姿をした何か、組織を混乱の渦に陥れたのは我々の研究対象であった壱であった。

 私が研究のため外に出た3日の間に何かがあった。そして私が帰ってきた日、つまり現在壱は理性を失い暴れ始めていたのである。何かを欲するように周囲に死をまき散らしながら。

 

「しぃー」


弐は口元に指を立てて私の言葉を制した。


「名前は駄目です千葉さん……」


一瞬私には弐が微笑んだように見えたが、すぐに鋭い表情に変わり、変貌してしまった壱を見る。結局弐の口からは何も語られなかった。


「……さあ……行ってください……」


弐は私と斎藤を突き飛ばすと壱に向かって歩きだした。私は弐の背中をみていることしかできなかった。

 豹変した壱は、私や斎藤がその場から離れていくことに気付いていないようで、足元に転がった研究員の死体と戯れているようであった。


「壱……もう終わりにしよう……僕達は違うんだ……」


壱の前に立った弐の背中は何処か寂しそうでありそう口にすると壱に向かって歩き出した。

 その言葉を最後に、私と斎藤は通路を曲がり二人の様子は分からなくなった。


(弐は最後に『もう終わりにしよう』と言った、そして『僕達は違うんだ』とも……)


 間違いなく弐は死ぬ覚悟をしている。


人間としての自分が恐怖を感じている。ただちにこの場から離れろと。だが研究者としたての自分が、壱と弐の場所へ戻るようにと呟いてくる。二人がいる場所へと意識を向けようとさせる。

 そして……自分もこんな一面が生まれていたのかと驚きながら、私は自分達の前を走っていた研究員に斎藤を預けて踵を返していた。

 これは……親とでも言えばいいのだろうか……3人目の自分が壱と弐を唯一この世で血の繋がった兄弟同士で殺し合いをさせてはいけないと叫んでいた。

 

 


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