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千葉研究伝記  作者: 山田二郎
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成長と変化は拒絶を生む


 結局の所いつまで絶っても弐の異質な力が垣間見れることなく、言語能力が同年代の子供よりも少し弱い以外は、いたって普通の少年であった。それに比べ壱の持つ異質な力は日が経つごとにその異質の度合いを増していった。

 まず現れたのは命を吸った動物の特性を引き継ぐというものであった。しばらくの間、壱にネズミの命を与えていたのだが、数日後、壱の前歯が異常に発達し、実験部屋の壁をガリガリとかじりだしたのだ。本人にその行動について聞いてみると前歯が痒いという回答が返ってきた。

 次に体の成長であった。まだ10歳手前ぐらいであったはずの壱の姿は今では青年の姿に変貌していた。成長を遂げた壱の顔は幼さが抜け、凛々しい顔つきとなり身なりをただせばどこぞの映画俳優顔負けの美男子だ。だが体は急激に成長したものの、心はやはりまだ10歳前後の子供のままであり、立派に成長した体でじゃれられると私の身が持たなく勘弁してほしかった。

 私も斎藤も平静を装っていたが、壱の成長と、食事と捉えていた異質の力の別の特性に若干の恐怖を感じていたことは言い訳しない。この現象は明らかに人間のそれを逸脱した現象であった。だからこそ研究を続けるべきであるのだが、これ以上の実験に斎藤は反対していたし、私もあまり乗り気ではなかった。

 

 ― 人の命を使っての実験、研究 ― それが上の者達から来た次の実験内容であった。

 今まで壱に起こった事は随時上に報告することになっていた。明らかに壱の持つ力は異質であったが、上の者達は報告の結果を受け大変気に入ったご様子であった。

 研究者としては喜ぶべきなのだろう、だが今の私にはそのことをまっすぐに喜べなくなっていた。皮肉のような笑いがこみあげてくる。

 私の周りの状況は劇的に変化していこうとしていた。私と斎藤への研究資金はうなぎ上りに上がり、周りの他の研究者達の目は羨望と嫉妬に渦巻くようになった。

 だが一番の変化は斎藤と壱と弐の関係であろうか。今まで分け隔てなく壱と弐を研究者というよりも母や姉のように接していた斎藤に変化が現れたのだ。成長を遂げた壱を避けるようになり、弐にばかりかまうようになっていた。壱の心が体と同じように成長していればそんなともなかつたのかもしれないが、斎藤の変化に戸惑う壱は少しずつではあるが心に暗い影を落としていたのかもしれない。

 斎藤もまた、急激な成長を遂げた壱の姿に戸惑いそして恐怖しているようだった。斎藤が壱を見る目は、幼かった頃の壱や弐をみていたような目ではなく完全に恐怖に囚われてるようであった。その斎藤の目を敏感に感じ取ったのか壱もまたしばらくして斎藤から距離をとるようになった。

 

 「これからは別々のお部屋で生活することになるのよ」


斎藤は弐を見ながらゆっくりと兄である壱と別の部屋で生活することになることを丁寧に言葉にした。最初弐は泣きながらそれを拒んだが、最終的には斎藤の言葉に従い、壱と生活を共にしていた実験室を後にした。

 これは上からの通達であった研究対象外となった弐への斎藤の最善の配慮であった。実験対象として成果が見られない弐は最初処分という形になっていた。だがそれを斎藤が懇願し、斎藤が引き取るという形でおさめたのであった。組織の最終判断としてはあまりにも甘い判断なのではないのかと私は思ったが、私も斎藤とは同じ考えであり、深く考えることはしなかった。

 壱と弐が別々にの部屋に移され、それから斎藤が壱の実験室に足を運ぶ回数はみるみるうちに減っていった。

 そのこともあり事実上この研究は私一人で行われるようになった。今まで屈託のない笑顔を見せていた壱の表情から笑顔を消え、常に暗い表情をみせるようになった。それは私が過去に行ってきた実験で扱ってきた実験体と同じ表情であった。


 「なあ、斎藤……壱の事が怖いのは分かる……だがたまに顔を見せてやったらどうだ?」


 斎藤と弐が生活する部屋で、私は斎藤に壱に顔を見せるように促した。だが壱の名前を口にしただけで、体がこわばるようにみた。


 「だ、駄目なんです……なぜか私壱を見ていると恐怖を感じてしまって……あの子が私の知らない何かに見えてしまうんです」


 確かにあれだけの急成長をとげれば、自分の知らない者に思えてもおかしくはない。だがそれ以上に斎藤は、それ以外の何かにおびえているように私にはみえた。


 そして物事はさらに悪い方向へと転がり始めた。


 「千葉さん、弐を見かけませんでしたか?」


 迷子になった我子を探す母親ような顔で私の前に斎藤が現れたのは、私が斎藤に壱に顔を見せたらどうかと聞いてから2日後のことであった。


 「部屋に戻ったら弐の姿がなかったんです、外には私以外と出てはダメと言っていたのに……」


 不安で押し潰されそうな顔で斎藤は私の顔を見ていた。


 「いや……ここからどこかに行くということはあまり考えられないが……」


私は斎藤に嘘をついた。弐が今どこにいるのか私は知っていたからだ。きっともう斎藤は弐と会うことは二度とないであろう。

 その通知が来たのは弐がいなくなる前日のことであった。上からの強制で、弐を接収するとのことであった。それに関して、保護者同然であった斎藤への根回しの要請であった。やはり組織は甘くはない。組織が弐に一体何をするか分からないが、きっといい結果ではないはずだ。そんなことになれば斎藤がどうなるか分からない。だが分からないのは組織に対して利益を生まない研究者である斎藤に対してなぜそこまで組織が気を遣うのかということだ。やはり私の知らない何かを斎藤はおこなっているのだろうか。だが考えたところでまったく前に進まないこと

は分かっていたので私は斎藤に関しての思考をそこでストップさせ、組織の命令に従った。


 「そうですよね……私……もう少し探してみます」


今にも泣き出しそうな表情をする斎藤を見ながら私の心に何本もの細い針が刺さるように傷んだ。だがその事実を言う気にはなれない。それは今の斎藤に絶望しか与えないのだから。


 





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