プロローグ 全ての始まり……
今私の目の前に道化師と名乗る男が声をかけてきた。最近巷ではピエロマンなどと呼ばれているようだが、私にとっては道化師でありそれ以下でもそれ以上でも無い。私はその男をみて懐かしい旧友に久々に会ったような感覚と同時に、腹の辺りから湧き出す黒い感情を感じながら、私はその感情を隠すことなく道化師と名乗る男の顔を睨みつけた。
睨みつけたというのにこの道化師という男は、狐か猫のような顔で私を微笑しながら見つめている。その顔が本当に笑っているのかそれとも偽っているのか分からないが、私にとってその顔をどちらでも勘に触る顔であった。
「老けたね千葉さん」
数十年前と変わらぬ容姿と声は私の黒い感情を逆立てるように忌々しい記憶を思い起こさせる。きっと道化師という男はそれを分かっていてやっている。それがさらに黒い感情を逆立て奴の手のひらだということは分かっているのに私の口を開かせた。
「お前は当時と何も変わらんな、まだオムツも取れん坊やか?」
道化師は口が裂けるほどに大きな笑みを浮かべ私を見透かすかのように見つめる。その笑みは奴にとって本当の笑みであることは私には分かる。道化師という男はそう言う男だ。
暗く輝く道化師の目が私の心に波紋を落とす。その目だ、その目が私や彼女、あやつの運命を大きくねじ曲げたのだ。
道化師の目が私を過去の記憶へと誘導するのが分かる。これも奴の企ての一つなのだろうが、私はあえてその企てにはまってみようと思った。
私がまだ若かった頃、国中が戦争という名の道化に踊らされ、そして無駄に死んでいく道をたどることになる少し前時代、私は一つの研究をしていた。なぜその研究をしようと思ったのか今では思い出せないが、すべてはそれを私が目指したことからこの因縁は始まっているのかもしれない。
人を越えた人を作り出すという現代ですら禁忌とされている研究を私はある機関でおこなっていた。勿論当時でもそんな研究は異端であったし理解されるはずもなく、科学者の間で私はつまはじきにされていた。だが私はそれでも良かった。自分の研究が正しかったと証明できれば。
ただ時代は狂い始めていたのだ。時期にくるであろう戦争に向け国は、機関を通じて私の研究に興味を持ち接触してきた。
その時の私は結果が出せないことと、外道と呼ばれる研究に手が出したくても出せない状況に焦っていたのかもしれない。自分の研究成果を証明したかった。そして悪魔の囁きに耳をかたむけ、願ってしまったのだ。私は悪魔の門を叩き、扉を開いてその世界に足を踏み入れたのだ。その扉の重さは今でも覚えている。それは何とも軽く私にとって甘味であった。
そこは外道の集まり出あった。私のような者の溜まり場であった。のちの人体改造や、遺伝子操作を考えている者ばかりであったが、蓋を開ければただ人体を切り刻みたいという殺人鬼紛いな者の達の巣窟であった。
そんな人の闇を具現化したような場所で心踊っている私がいた。