第一伝説《オイラと剣炎師匠と女子(おなご)》
とある村のとある一角…。
そこで老人と少年が拳を交えていた。
「まだまだ甘い! 右の脇がガラ空きじゃぞ!」
「分かったべ、師匠!」
(今日こそ、ぜってー師匠を越えてみせるべ…!)
少年の名は風鱗。
風鱗の育ての親であり師匠でもある重腕族の老人、剣炎に今日も稽古をつけてもらっている。
剣炎を越えることが風鱗の目標だが、一瞬の隙に懐に潜り込まれてしまい、自分の腹に強烈な拳が沈んだのが分かった。
「ぐはっ…」
その一撃は重く、全身に響き渡るようだった。
数年前の自分なら、確実に意識を手放していただろう。
腹を押さえつつ、ゆっくりと風鱗は立ち上がった。
「ほぅ、ワシの渾身の一撃を耐えるようになったか。じゃが………立っているので精一杯のようじゃな」
「へへ…、やっぱ師匠には……敵わねぇ…や……」
風鱗はその場に座り込み、力なく笑った。
ちょっぴり成長した自分を嬉しく思いながらも、師匠を越えられなかった悔しさが入り交じる。
「風鱗よ、身体を休めたらワシに声を掛けてくれんか。会わせたい客人がおるのじゃ」
「客人…? わ、分かったべ」
(オイラに客人かぁ…)
先に帰っていく師匠の背中を見送りつつ、腹の痛みが引いてから風鱗も後を追ったのだった。
「こちらが、お前に会わせたかった客人じゃ」
…師匠の所に戻ったら、早速客人とやらと顔を合わせることになった。
男と少女の2人組で、やや顔つきが似ていることから親子だと断定出来るだろう。
「娘を知人の家に預けたいのですが、知人の住む町はとても遠いのです。しかも最近は質の悪い奴等がうろついているそうなので、娘の護衛を頼みたいのですが…」
少女の父親は、藁にもすがるような目を剣炎に向ける。
それだけ娘を心配している証拠だろう。
「成る程、そういうことでしたら心配ございませんぞ!」
父親の不安を余所に、師匠は即答だった。
「ワシの弟子が、安全に娘さんを送り届けますからな!」「…え゛っ!? 師匠、流石にそれは…」
「そうですか! それは頼もしい限りです!」
「ちょっ…」
風鱗には訳が分からなかった。
この父親は師匠に護衛を頼んだのでは?
というか、修行中の身である自分でも構わないというのか…!?
「し、師匠…あの…」
「お前には近々外の世界を見せようと思っていたからな、これは良い機会じゃろう。護衛を通して己を鍛え、逞しくなって帰って来るがよい」
「……は、はい!」
「良い返事じゃな。護衛は明日からじゃ、しっかり準備しておくのじゃぞ」
…その場の流れで風鱗が行くことになり、とりあえず必要な荷物だけまとめておいた。
「女子の護衛かぁ…。えへへっ」
不謹慎にも、ちょっぴりワクワクしている自分がいるのだった。
次回 緑龍伝
第二伝説《語り継がれている緑龍伝説》