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「今日の数学の時間ね、小林先生ずーっとチャック開けっぱなしだったんだよ」
ミドリは今でもその光景を思い出すと笑いがこみ上げてくるようで、心底おかしそうに僕に今日の数学の時間の出来事について語っている。その顔は思春期の少女特有の変に斜に構えた様子など微塵も見せず屈託のない笑顔でこちらを見つめる。
高橋美登理と僕が付き合いだしてからこうして放課後会い、話をするのが僕らの日課になっている。二人が会う場所は校内のベンチ、お互いの教室など様々だ。ミドリは2-6であるが、1年のときは同じクラスだったのでもともと割と仲は良かった。だが、ミドリが将来の進路について悩んでいたので相談にのっていたところ、二人の仲は急接近、晴れてカップル成立という運びになった・・・ということになっている。本当のところ僕は自分がミドリのことを好きかと言われれば分からないと答えるしかないだろう。確かに彼女はいい子だ。性格もお世辞抜きに今まで僕の人生の中で知り合った人たちの中で一番かもしれない。ルックスも絶世の美女というほどではないが、今こうして綺麗に伸ばした黒髪から垣間見える横顔を見るたびに僕にはもったいなさすぎる人だと素直に思える。だから今まで彼女というものができたことがなかった僕はミドリに告白されたとき、たしかに胸が弾んだしうれしかった。しかし、何であろう。僕にまとわりつく形容しがたい違和感は。
「ん、どうしたの?」
ボーっと地面を見つめる僕の視界にミドリの心配そうな表情が飛び込んできた。
「あっごめんごめん、何でもないよ」
「そう、最近なんか様子がおかしいからなんか心配で・・・」
彼女は今、目の前の自分の彼氏が悩んでいることなど露とも知らないであろう。そう、彼女に罪はない。誰にでも優しく思いやりがあって異性からも同性からも慕われている彼女に間違っているところなどないんだ。
「ごめん、今日はもう帰るわ」
彼女と付き合いだしてもうすぐ一カ月、僕は確実に彼女と過ごす時間が苦痛になりつつある。
夕暮れの校庭には自分のもとから離れていく想い人の後ろ姿を寂しそうな目でじっと見つめる乙女の姿があった。
もうすぐ季節が冬を告げる。はたして僕たちはそれまで持つのだろうか。
ミドリは結構お気に入りの登場人物です。