第7魔法~新たな出会い~
第7魔法~クラスリーグマッチ 新たな出会い~
力が欲しい……何かを護る力が……そう願っていた。
少年はその為に剣を習った。自分の姉に。
護りたい!全てを護る力が…欲しい!
少年はそう思っていた。だが、姉が初めて教えてくれたのは……人を殺すための剣術。
「人を殺す、それは命の重さを知ること。それが分からないなら……剣は使えない。
使う資格がないの。分かる?」
少年には分からなかった。人を護りたいだけなのに殺すなんて。
最初は木刀を使って練習していたが、やがては真刀を使うようになった。
少年は、真剣を持てなかった。重い、少し持ち上げ、少し振るがやっとの事だった。
「重いでしょ?それが命の重さ、命を奪う事も、護る事もできる重さなんだよ」
剣を使うときは眼つきや雰囲気さえも変わる姉だが、この時は笑顔だった。
少年の姉はいつでも腰に刀を帯刀している、少年はそんな姉を尊敬した。
命の重さを知り、自由に剣を振るう事の出来る姉の事を。
強くなりたい、姉のように。そして……いつの日か姉を超えたい。
そしてこの手で護りたいと……少年は思った……。
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「ん……うぅ……夢……か、また懐かしい夢だったな」
またも雄斗が目覚めたのは保健室。これで2回目だ。
しかし、さっきと違うのは傷が深い事。手首に深い傷を負っているのだ。
雄斗は辺りを見回す、隣には咲夜が寝ている。視線を自分の左腕にうつすと、ハンカチが見えた。
その上からきつく包帯が巻かれていて、包帯には血がべっとりと付着していた。
そして、狭霧が雄斗の隣に座っていたのだ。しかし、その眼は……どこかおかしかった。
虚ろで、そしてどこか赤みを帯びている。しかし、確実に雄斗の手を見ていた。
(何故、俺の手を……?)
様子もおかしい、狭霧はさっきから何も話さないでジッとしている。
ただ、片時も雄斗の手からは眼を放そうとしない。
そして、やがて狭霧の手が雄斗の左手に乗せられる、手首を切った方の手だ。
次の瞬間、雄斗の顔が苦悶の表情に変わった。
狭霧の手に物凄い力が入っているのだ。そして、抵抗出来ない雄斗の腕を上げる。
こんな力は人間のものとは思えない。今にも腕が折れてしまいそうだった。
「血…美味しそうな…血…飲みたい…貴方の…血」
狭霧が今にも消えてしまいそうな声で言う。その声には感情が無かった。
雄斗は声が出なかった。痛いというのもあるが、恐怖に近い感情があった。
(何故狭霧が?変な奴だがこんな事はしないはずだ……)
しかし、そんな事を思っても状況は変わらず、ただ雄斗は苦しむだけだった。
「~~~!?ぁ……ぁぁぁっぁ!?~~~~~~!!」
あまりの痛みに声すら出なくなる雄斗、声にならない声を叫び続ける。
すると、包帯に血が滲んでいく。
「血……血……血……」
狭霧は雄斗の左腕の包帯を取り、血をぺろぺろと舐めはじめた。
雄斗は依然として痛みに苦しみ悶えている。
しかし雄斗は、タイミングを見計らって残っていた右腕で狭霧の顔を掴んだ。
こうすれば引き離せる。そう確信した。だが、違った。
狭霧は物凄い力で雄斗の右腕を掴み、雄斗の血を舐め続ける。
あまりの力に、雄斗の額からは滝のように汗が流れていた。
恐怖…ただ『怖い』という感情だけが雄斗の中に渦巻いていく。
そうしている内に段々と雄斗の顔色が悪くなっていった。
(たった一秒で良い、時間さえあれば…!)
雄斗はある一つの賭けに出た。
「なぁ狭霧、右手を放してくれ。薬を飲みたいんだ、血は舐めてていいからよ」
普通に考えれば成功するとは思えない。そんな事してくれるわけがない。
しかし、狭霧は雄斗の右手を離した。
雄斗はすかさずポケットに入っていた薬を口に入れる。
すると、顔色はみるみると良くなっていった。雄斗はほっと溜息をつき、落ち着いた。
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「なぁ……美味しいのか?俺の血って」
雄斗はすっかり痛みに慣れ、なされるがまま血を舐められていた。
狭霧は雄斗の問いには答えず、ただ黙って血を舐め続ける。
あまりに奇妙な光景だ、一人の男が一人の女に血を舐めさせているのだから。
「美味しい……貴方の……血は……」
時々そう言ったりしながらも、特に何の話もしない。
ただ必死に血を舐めている。たったそれだけだった。
「何で……何もしないの……?血を舐められているのに……」
急に狭霧の方から雄斗に喋りかけてきた。
突然の事に少し驚いたようだが、雄斗は『うるせぇ』と言ってすぐに黙ってしまった。
何もすることが無いので雄斗は空を見る。その間、狭霧は必死に血を舐める。
暫くの間そうしていると、狭霧は血を舐めるのをやめた。
「ん?もう良いのか?ってお前口の周りが血だらけだぞ」
雄斗はそう言うと、血だらけになっている狭霧の口を、腕に巻いてあったハンカチで拭った。
すると、狭霧は不思議そうに雄斗を見た。
「……怒らないの?私……いつも……血を舐めたら……怒られたのに……」
雄斗は、悲しそうな顔をする狭霧?の頭に手を乗せ、撫でた。
「別に……最初は驚いたが、お前が飲みたいのならやるよ。俺のなら……な」
優しく、諭すように雄斗は言った。
こんな事は珍しいものだ。雄斗は家族の前以外ではこんな事は言わない。
「でも、ちょっと加減はしてくれよ?痛くしない、急にはしない、いいか?」
「……痛くしなかったら……いいの?」
雄斗は少し嬉しそうにこう言った。
「まぁ……良いだろう」
狭霧は少し微笑み、雄斗の手にハンカチと包帯を巻きなおした。
「もう良いのか?」
「これ以上は……貴方に……悪い……から……」
雄斗は嬉しそうにしていたが、体の方はもう限界をとっくに越しているのだ。
きっと狭霧は雄斗の体の事をいたわったのだろう。
「そっか、そう言えば…君の名前は?」
「レイラ」
「そうか、レイラか。いい名前だ。また近いうち会えるといいな」
レイラは雄斗の頬にキスをした後『ありがとう』と言った。
そして、意識を失ってしまった。
「天之狭霧……レイラ……か」
雄斗はそれ以上考えるのはやめて、狭霧をベッドの上に寝かせた後、教室に向かった。
教室に着くと、誰もいなかった。6時間目も魔法授業のようだ。
雄斗は窓を開けて、飛び降りた。
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「はーい、みんなー!チーム戦はどうですかぁー?」
ヒュレスはグラウンドでそれぞれのチームの様子を見ていた。
今は一応聖太とペアを作っているようだ。
練習試合の結果は最悪。聖太・ヒュレス組は一回も勝ててなかった。
「ネズミせーんせーい。まずいっしょ、やっぱ魔術師2人は」
聖太がちょっとげんなりしながらヒュレスに言った。
元々ペアのほとんどが魔術師2人なのだが、コンビネーションが悪く勝てない。
仕方のない事なのだが、聖太は納得がいかない様子だ。
その時、上から何かが落ちてくる音がした。
勢いよく上から地面に落ちてきたのは、雄斗だった。
「ゆ……雄斗ぉ!?お前!どっから来た!?」
「うえ」
「いやまぁそうだけどさ……」
聖太は納得がいかない顔をする。
そりゃ上から人が落ちてくればそうなるだろう。
「負けてるんだろ?なら俺と組もうぜ」
「良いのか?お前が良いなら……喜んで!」
雄斗と聖太は固く握手をした。
その後の試合では、雄斗・聖太ペアが全戦全勝の快進撃。
そして学校が終わり、雄斗達は下校した。
しかし雄斗は家には帰らず、ある所へと向かった。
カシューレル因子者教育中等学校前。政輝達の学校だ。
雄斗はしばらく校門の前の壁に寄りかかる。
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しばらくして、政輝と那々美が学校から出てきた。
雄斗はそれを横目に見ると、身を翻し、歩きだした。
絶対に雄斗がしない事、それは一緒に歩いたり喋ったりなどだ。
自分は落ちこぼれの不良。いつもそう言っている。
でも、絶対に迎えには来る。
「兄ちゃーん、待ってくれよー!」 「お兄~待ってー」
しかし、政輝達は雄斗に話しかけてくる。
でも雄斗は振り向かない。それが龍ヶ崎家のいつもの下校風景なのだ。
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家。一足先に鈴音が帰っており、リビングでそわそわとしていた。
雄斗は鈴音が居るのを確認すると、『行ってくる』と政輝に伝え、家を後にした。
「……兄ちゃん、あんまり……無理しないでくれよ……」
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雄斗が来たのは、ビルの工事現場。
来るなりそそくさと仕事服(つなぎの様な物)に着替え、ヘルメットをかぶった。
着替えを終わらすと、早速仕事に取り掛かる。鉄骨を上に運ぶのだ。
「おいドラゴン!今日もまったく精が出るな~」
「親方……俺は当たり前の事をしてるだけですよ。それに、俺は雄斗です」
今雄斗に話しかけたのはこの現場の監督。雄斗は『親方』と呼んでいる。
親方は雄斗の事を『ドラゴン』と呼ぶ。どれだけ雄斗が頼んでも直してくれないのだ。
「がっはっは!まぁ良いじゃないか!そう言えば、新人が入ったぞ」
雄斗は少し口元を緩める。親方は雄斗の事をひどく気に入っているのだ。
雄斗自身も親方の事は好きなのだ。
雄斗の特徴として、気に入った人とは全力で付き合う。
でも、あの日から、本当の意味で笑った事は…一度とて無い。
そうやって話していると、雄斗が足を滑らせ、3階から鉄骨を持ったまま落ちた。
普通なら魔法などを使って難を逃れるが、雄斗は使えない。
勢いよく地面に背中から叩きつけられる雄斗。
無論、新人は驚くが、ほかはあまり驚いていない様子だ。
「く……うぅ……いててて……すんません、やっちまいました……」
「おいおいまたかぁ~?たまには魔法を使えよ?」
雄斗は隠しているのだ。魔法が使えない事を。
しかし、雄斗がもし魔法を使えたとしても、きっと使わないだろうが…。
この現場は変わっていて、魔法を使った分だけ給料が下がるのだ。
その変わりとして、元々の給料は高めだ。危険な仕事でもあるから。
その後は、新人に指導をしたりしてお仕事は終わった。
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「……ただいまぁ……」
雄斗はやっとの事で家に帰宅する。あの後も2回ほど落ちてしまったのだ。
仕事は昼頃から夜まで、しかしそれは任意で変える事は出来る。
「あ、お兄。お帰りなさい!もう、どこに行ってたの!?」
帰ってきたそうそう那々美に怒られる雄斗。その姿はあまりに情けない。
いつもの雄斗とは全然違うちょっと可愛い一面。
「別にいいだろうが。そんなに怒ってばかりいると、嫁の貰い手が―――」
「何でそんな事言うの!!」
急に怒鳴る那々美。あまりに突然の事に言葉を失う雄斗。
「いつもいつも!心配してもそんな態度で!なんなの!?もう良い!お兄なんか知らない!」
そう言って、那々美は自分の部屋へと駆けこんで行ってしまった。
雄斗はしばらくそこに佇む。
「兄ちゃん、ご飯出来てるよ」
リビングから出てくる政輝。
「……あぁ……」
雄斗はちょっと悲しそうに、言った。
飯をさっさと食べてしまい、リビングに座り込んでしまう雄斗。
「……寝るか……」
雄斗は自分の部屋に向かった。
ベッドの上に寝そべり、天井を見つめる。
「……まぁ、仕方ない……か」
そう呟いた後、すぐさま寝てしまった。
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雄斗が寝ていると、窓がゆっくりと開いた。
そこには、一つの人影。ゆっくりと、ふらふらと雄斗に向かって歩き出す。
そして、寝ている雄斗の上に馬乗りの状態になる。
「……うぅん……なんだぁ?なんか重い物が……」
すると、雄斗が目を覚ます。
瞬時に目の前の人影を確認し、攻撃しようとするが、動けない様子だ。
「……落ち着いて、私……レイラ……」
「ん?あ、そうか……お前か……びっくりさせんなよ……」
雄斗は少し落ち着いたようだが、戸惑いを隠せない。
(何で……こんな体勢なんだ?恥ずかしくはないのか?)
「血……飲みたい……」
雄斗は自分の左手の傷口を短剣で斬り、差し出した。
それを見ると、レイラは早速血を舐めはじめた。
「……美味しい……」
「…………………………」
しばらくの間レイラが血を舐めてると、雄斗は意識を失ってしまった。
「……ゆーと?……どうしたの……?ゆー……と?」
レイラは必死に雄斗の体を揺するが、雄斗が起きる気配はない。
レイラは、雄斗を抱きしめ、そのまま眠りについた。
「ゆーと……おやすみなさい……」
第7魔法~クラスリーグマッチ 新たな出会い~END