第5魔法~過去・これから~
第5魔法~過去・これから~
ここは龍ヶ崎家。居るのは…風邪っぴきの青年。
原因は昨夜の出来事だと推測されている。
「ゆうとぉ…だいじょーぶ?」
雄斗を心配そうに見つめる鈴音。
「ゴホッゴホッ…大丈夫にゴホッ…見えるか?」
咳をしながら苦しそうに答える雄斗。
雄斗は外見とは違い、体がメチャクチャ弱い。それは生まれたときからだ。
昔はよく風邪を引いては寝込んでいた。
「今日は私も学校休むね。雄斗は寝てて」
「バカ野郎!ゴホッゴホッ…お前は行けよ…俺に…人の人生を奪う権利なんて…無い」
雄斗は急に怒鳴った。
どこか悲しそうに。苦しそうに。
「…うん、分かったよ…でもね、もし呼びたくなったらいつでも学校に電話してね?」
「んな事しねえよ…っていうか出来ねえから…」
雄斗は無理に元気にふるまう。
そんな雄斗をみて、またもやしつこく学校を休むと言う鈴音。
しかし長時間の戦闘の上、やっと行ってくれた。
これでこの家には雄斗しか居なくなった。
雄斗は少し虚ろな眼で天井をジッと見ていた。
「そう言えば…あの時も…こんな感じだったな…」
雄斗の言うあれとは…まだ龍音が生きていたときの話だ…。
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あの日、雄斗は今のように風邪で寝込んでいた。
雄斗はベッドの上で咳をし続けていた。
家には誰もいなかった。
龍音姉は魔法の全国大会決勝戦。親も兄弟すらもいなかったのだ。
それに龍音姉は前大会の覇者でもある。雄斗よりも大会を優先するだろう…。
親も兄弟も出かけている。
誰も知らない。雄斗がこんな事になってるなんて。
ただの風邪…しかし雄斗の体には途轍もない苦痛。
体が弱い…それも途轍もないくらい…。風邪でも…死ぬくらいに…。
死…
雄斗に襲い来る痛み。それは死をも予感させた。
喋れない、息が出来ない、体が動かない。幼い雄斗にはまさに地獄だった。
助けてほしい。だが…助けてくれる者などいない。
絶望…
誰も助けてはくれない。死ぬ…死にたくはない…のに。
手が、足が、体が動かない…声も…出ない…。
誰もいない。誰もいない。誰もいない。聞こえるのは自分の咳だけ。
恐怖…
怖い…ただ怖い…。
死…絶望…それが合わさり恐怖となる…。
寂しい…誰か…助けて…でも…そんな助けを請う言葉すらも打ち消されて…。
(死ぬのかな…僕は…ここで…)
龍音姉がトロフィーを持って…帰ってきたら…まず…笑顔で出迎える。
みんなで…笑って…それだけが雄斗の願い…。
意識が朦朧とする。眼も虚ろになっていく。
そんな雄斗の薄れ行く意識の中で…白く輝いた髪が視界に入る。
「よっと…空間移動は…成功っと。思ったより上手くなったかな?」
そこに居たのは…間違いなく…龍音だった…。
雄斗には言いたいことが山ほどあった。でも…話すことが出来ない。
「雄斗…朝、何か様子が変だったから帰ってきたんだけど…ごめんね…気づけなくて…」
振り向き、済まなそうに謝る龍音。
雄斗は悔しかった…自分が…不甲斐ないから…。
「今…自分が不甲斐ないから私が戻ってきちゃった…って思ったでしょ?」
完全に図星だった。
龍音は病人の看病なんて出来ない。家事すら出来ない。
なのに戻ってきた。
「看病は出来ないけど…こうやって一緒に居る事は…出来るでしょ?」
そう言って、苦しそうにしている雄斗のベッドに入り、雄斗を優しく抱きしめた…。
雄斗は…今までの苦悶の表情から…安らかな顔に変わった…。
龍音姉は…決勝戦を放り出して雄斗を助けた。その為決勝戦は龍音の試合放棄による不戦敗。
誰もが注目した大会の…あっけない最後だった…。
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「…龍音姉は…俺の所為で…負けた。そして俺が…殺した…」
雄斗は今でもあの時の事を悔いている。
実質上、雄斗の所為で龍音は不戦敗となってしまったが…雄斗は何も悪くない。
体が弱くて、風邪を引いてしまっただけだ。
「ホント…ゴホッ…役立たずだな…俺は…」
雄斗は、深い眠りに着いた。
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雄斗が起きると、まだ昼頃だった。
しかも寝たばかりなのでもう一度寝る気にはならないなしく、しばらく止まっていた。
「…体…治ってんな…カッタリィが…学校に行くかな…」
雄斗は制服に着替え、学校へと向かった。
その頃の鈴音はと言うと…。
朝から雄斗の事があったので、気が気では無かった。
まず、授業では常にそわそわしてる。
その所為で担任にサウスポーチョークバレット(チョーク投げ)をくらう。
体育では顔面にボールを受ける。
何もないのに廊下でこける。
妙なまでに挙動不審になる。
授業間の休み時間に下級生の投げたボールが後頭部直撃。
魔法授業ではサンダーの直撃を受けるなど…散々な目に合っていた。
「うぅぅ…ゆうとぉ…心配だよぉ~~~~~~~!」
そんな雄斗君は…学校の裏側に居た。
「ハックション!ん~?風邪が再発したか…?」
雄斗は鼻を少し擦りながら言った。
「学校なんてかったりぃぜ…来ただけでも良しとするか…」
これが雄斗クオリティー。めんどくさかったら形だけはやる。が、中はやらない。
これがまた不良と呼ばれるゆえんだ。
雄斗自身も自分の事はいい人では無いと思っているからどこ吹く風だが…。
雄斗は基本1人が好きだ。
1人なら誰にも迷惑をかけないし、苦しむことも無い。
だからここは最高の場所なのだ。
「あ、貴方は…雄斗くん?奇遇だね、こんな所で」
不意に聞こえる声。雄斗にはどこかで聞き覚えのある声だった。
雄斗が振り向くと、そこには茶色の髪に黒い眼をした女の子が立っていた。
木々の間から差し込む光がその体にあたり、神々しく見える。
それは…狭霧だった。
雄斗は一気に眼つきが変わった。さっきは普通だったのに、鋭くなった。
「…あぁ、あの噛み噛み女か…何の用だよ、こんな時間に」
適当に問いかける雄斗。
「直そうとは思ってるんだけど…どうしても噛じゃうんだよね…にゃはは…」
笑いながら自分の噛んでしまったという部分だけを答える。
雄斗は身を翻し、この場を立ち去ろうとした。
「あ、待ってください!お話…したいんですけど…」
「…俺と?『カシューレルの落ちこぼれ』とどんな話をするんだよ、エリートさん?」
雄斗は皮肉っぽく言う。
どうせ周りに居るのはエリートかエリート気取りかだ…多分こいつは前者だろう。
それとも…雄斗の事を全く知らないかだ。
「ふぇ?そうなんですか?私も…落ちこぼれですよ?」
マジで雄斗の事を知らないらしい。
普通知っていたら真正面からは話さない。怖いからだ。
でも、狭霧は真正面から話している。
「…俺は女には近づけないんだ」
適当に思えるだろうが、これは結構マジな話だ。
「…そうなんですか…じゃあまた今度にしましょう、良い…ですか?」
それを真剣に受け止める狭霧。
雄斗は…その返答をどうするか考えていた。
いつもの雄斗ならば『黙れ』の一言だったろうが、珍しく考えている。
「…あぁ…別に…良いぜ…」
「よかったぁ!ありがとね!雄斗くん!次はもっとお話ししようね~~!」
そう言って、笑顔のまま走り去っていく。しかしその途中で木にぶつかる。
ヘロヘロになりながらも、狭霧はそこを去っていた。
雄斗は、何とも言えなかった。
「ってか…俺を知らないなんて…誰なんだ?あいつ…」
雄斗は少し考えた後、結局職員室に向かった。
今は昼休みのようで、廊下は人であふれている。
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職員室…。
「龍ヶ崎雄斗です。ヒュレス先生はいますか?」
「はい?何か…って、雄斗君じゃ無い!欠席届も出さずに…何やってたのよ?」
雄斗の前に出て珍しく先生らしく怒り始める。
何かとこの先生は雄斗の世話を焼く。雄斗も嬉しいと言えば…嬉しい。
だが正直になれない自分もいる…。
「すいません。風邪を引いて…」
珍しく律儀に謝る雄斗を見て、驚くヒュレス。
そして、にっこりと笑いながら言った。
「そう言う事なら良いんだけど…連絡くらいは頂戴ね?それで…何の用?」
「あ、天之狭霧…と言う生徒の事が知りたくて」
雄斗はヒュレスから話を聞き、職員室を立ち去ろうとした時だ。
「雄斗くん、大魔導士試験の話…本当にいいの?雄斗くんならきっと――――」
「いえ、俺には…家族がいますし、良いんです…」
雄斗は職員室を後にした。
天之狭霧…マルセーナ因子者教育高等学校からの転校生。
成績は優秀。だが魔法の方はダメ。
人前に出るとすぐに上がってしまい呂律が回らなくなる。
と…内容はこんなものだ…。
マルセーナ因子者教育高等学校とは、カシューレルの姉妹校の事だ。
雄斗は教室に入ると、黒板に書いてある内容を見て、少し笑った。
「お!雄斗じゃん!心配したぞ~、よかった」
雄斗のもとに駆け寄ってくる聖太。
「聖太…お前…あの時はすまなかった…」
雄斗が謝ると『ん?何の事?』と言われた。
聖太はこういうやつだ。
相手にも自分にも不利益な事は忘れたふりをする。
「…それよりも…いよいよか…」
「あぁ!不定期開催、クラスリーグマッチがな!」
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謎の場所…
「お嬢様、いよいよですな…」
一人の執事女の子の隣に立っている。
「えぇ…そうねぇ…いよいよねぇ」
お嬢様と言われた女の子は楽しそうに、しかし清々しくはない笑みを浮かべた。
「待っていなさい…龍ヶ崎雄斗…アタシの物にしてあげるわ…絶対にね…アハハ!」
茶色い髪に、紅い眼。
「今宵は…月が綺麗になるわ…真っ赤に…真っ赤に…ね」
第5魔法~過去・これから~