難題解決中に婚約破棄されたので、図書室の隅でそっと答えを告げます
「……えっ、婚約破棄? 殿下がわたくしを?」
王宮図書館の片隅で『難題』と格闘していたわたくしロビンの元に、護衛騎士ガイが報せを持ってきました。
「はい。第二王子セイン殿下御自身がそう仰せられました」
「ふうん。べつに意外でも何でもないわね」
「ロビン様は落ち着いていらっしゃいますねえ。」
「婚約破棄自体はありがたいくらいですから」
王命というかほぼ王妃様の意志で決まった婚約です。
影の最高権力者と言っていい王妃様に目をかけていただけるのは嬉しいですよ?
ただセイン殿下はその、ちゃらんぽらんであらせられますので。
婚約者のわたくしを顧みたことなんかないのです。
「セイン殿下がわたくしに興味がないことなんて、見れば明らかではありませんか」
セイン殿下はエンマ・タリク男爵令嬢に御執心ですからね。
エンマ様ですか? ええ、ピンクブロンドの可愛らしい令嬢ですよ。
強気でタフで男性との距離が近くて。
全く貴族令嬢らしい慎みのない方です。
ある意味セイン殿下とピッタリではないですかね。
セイン殿下はわたくしに対してもっと笑え、胸を育てろと言っていました。
エンマの胸を見ろ、両手に余るのだぞと。
胸なんか直接触る機会は普通ないですよ。
セイン殿下とエンマ様が夜な夜な睦事に励んでいるという噂は、どうやら本当のようです。
おかげで王妃様から出されている『難題』も、おそらく解けましたけれどね。
「それはまあ」
「でしょう? ところでどういう経緯で婚約破棄に至ったのですか? わたくし自身のことですのに、決定的なシーンを見逃がしてしまって残念ですわ」
「ハハッ、本当にロビン様は動じないですね。先ほど近衛兵の集まりがありまして、僕も顔を出してきたのですが」
ガイはわたくし専属の護衛を任されているベルファスト伯爵家の騎士で、王宮内では準近衛兵の扱いになっています。
ガイは昔から忠実で爽やかで格好いいのですよ。
すかぽんたんでいい加減なセイン殿下とは大違い。
滅多にわたくしの側を離れることはないのですが、今日は近衛兵の集まりだったのですね。
「そこへ何故かセイン殿下が現れ」
「は?」
「視察という名目でしたね。エンマ・タリク男爵令嬢を左腕に巻きつかせておいででしたが」
「セイン殿下は他人にどう見られているか考えるべきではないですかね? 婚約破棄されたわたくしが言うべきことではないかもしれませんけれど」
「いきなり『オレはロビン・ベルファスト伯爵令嬢との婚約を破棄する! エンマこそが真実の愛だ!』と宣言されまして」
どうやら考えがあっての行動ではないですね。
衝動に駆られたといったところでしょうか。
セイン殿下らしいです。
「近衛兵全員困惑でしたよ。何を聞かされているんだと」
「そうでしょうね」
地味というか、少々中途半端な気はします。
わたくしもどうせならもっと派手に婚約破棄されたかったと言いますか。
しかし問題はそこではありません。
近衛兵ほぼ全員の前で宣言したとなれば、これは取り消せないだろうということです。
つまりわたくしはお払い箱ですか。
「殿下は僕の顔を見知っていたようでして」
「ガイは美形ですものね」
「えっ? ありがとうございます」
「それでわたくしに婚約破棄について知らせておけ、ということなのですか?」
「さようです」
「では王宮を引き払い、ベルファスト家へ帰りましょう」
「はい?」
ガイは何を驚いているのかしら?
「すぐ荷物をまとめます」
「えっ? すぐお帰りになるつもりですか?」
「セイン殿下との婚約がなくなったのなら、わたくしが王宮にいることは許されませんから」
「しかし王妃様から出題された『難題』があるでしょう? 放り出すのはロビン様らしくないではありませんか」
お妃教育をほぼ終えたわたくしは、最後に王妃様から『難題』を出されました。
王宮侍女の控え室に不気味な声が聞こえることがあるのですって。
幽霊ではないかと侍女達が脅えているそうで。
妙な噂なので広めたくない、女のわたくしなら侍女控え室にも入っていけるという理由からでしょう。
ロビンちゃん解決してねと軽く言われました。
「そうですね。でも正体はわかりましたからもういいのですよ」
「えっ?」
「王妃様から『難題』を出された時、ガイもいたでしょう? 違和感を覚えませんでしたか?」
「……王妃様は楽しそうでいらっしゃいましたね。本当に幽霊なら、王宮に瘴気が発生しているということです。大変な事態のはずなのですが」
「ガイはやりますね。わたくしもそこが変だと思ったのですよ」
「王妃様は原因を御存じなのでは、と感じました」
「間違いないですね。答え合わせがどうこう、とも仰っていましたし」
王妃様はお茶目なところがありますから。
わたくしが原因を調べて解決することにより、将来第二王子妃になる予定だったわたくしの存在感を上げておこうという思惑もあったのだと思います。
御配慮ありがとうございます。
セイン殿下のやらかしで、全てパーになってしまいましたが。
「それで『難題』の解答とは?」
「この王宮、古い時代に使われていたと思われる伝声管が張り巡らされているのですよ。王宮図書館ならその資料があると思いまして」
「あっ、だからロビン様は図書館においでになったのですか」
「そうです」
現在は音声通信の魔道具や拡声の魔道具がありますから、伝声管は不必要なものとなっています。
「伝声管が怪しい声に関係しているのですね?」
「伝声管に一部破損があるのではないですかね? ですからセイン殿下とエンマ様があっはんうっふんしてますと、その声が侍女控え室に漏れるということなのでしょう。実際に伝声管の破損を確認したわけではないですけれども、伝声管の経路と声の聞こえた時間を照らし合わせれば、まず間違いないと思われます」
「何と……」
セイン殿下に節操など期待しておりませんでした。
婚約を破棄されたと聞いて、落ち着いていたのではなくてホッとしていたのですよ。
王妃様の手前、断れない婚約でしたから。
セイン殿下のような殿方に触れられることを考えたらゾワッとしますもの。
それでも王子妃となるならば辛抱する気構えはありましたが。
さて、最後です。
「そういうわけで王妃様。御挨拶もできず申し訳ありませんが、わたくしは王宮を去ります。わたくしはこの護衛騎士ガイと幸せになりますので、お気になさらず」
「……えっ? 今のは何なのです?」
「本来伝声管は陛下の部屋に繋がっていたのです。陛下が連絡を受けたり指示を出したりするのに使用されていたのではないでしょうか?」
「なるほど、もっともですね」
「しかし現在王宮内部は改装されていて、当時の陛下の私室だったところは、現在王妃様の部屋となっているのですよ」
「えっ?」
ガイに説明します。
王妃様は王宮侍女控え室の事件に関して調査させてはいませんでした。
にも拘らず、王妃様はどうやら真相を御存じでいらした様子。
ということならば、王妃様は伝声管を盗み聞きに利用しているのでは?
「ちょうど図書室の伝声管開口部の位置はここなのですよ。王妃様ないしその専属侍女がわたくし達の会話を聞いていると思います」
「いや、もう意外過ぎて、驚く隙がないのですが」
「少々詰め込み過ぎでしたかね。ところでガイ」
「何でございましょう?」
「わたくしはガイと幸せになりますと、王妃様に報告したのです。わたくしに恥をかかせることは許しませんよ?」
ズルい言い方でしたかね?
ガイが困っているようです。
うふふ、そういう顔も魅力的ですよ。
わたくしが意地悪なのは、セイン殿下のせいでささくれたからです、と責任転嫁してみました。
「わたくしだって婚約破棄を聞かされて動揺しているのですからね?」
「ロビン様全然動揺なんかしていませんよね?」
「それはともかくガイ。返事はいかに?」
ドキドキしますね。
だってガイはモテるでしょうし。
ガイにまで胸が足りないからなどと断られたら立ち直れないのですけれど。
「……ロビン様は僕のような者にも気さくに話しかけてくださいます。賢く美しい令嬢で尊敬できます」
「よく聞こえなかったですね。もう一度お願いいたします」
「賢く美しい令嬢で尊敬できます」
ガイに言われると染みますね。
わたしの心がささくれているというのは事実で。
ガイのおかげで癒されている気がするのです。
ありがとう存じます。
「よろしいのですか? 王子妃に望まれるほどのロビン様が、僕のような身分のない者で」
「何を言っているのです。わたくしはセイン殿下に捨てられた傷物ですよ?」
この時点で貴族の娘らしい結婚はムリなのです。
どこの貴族家だって王家に忖度せざるを得ないですからね。
わたくしのような地雷を抱え込もうとは考えないですよ。
「さようですか。ではロビン様に僕の愛を捧げます! おお?」
ガイの胸にダイビングです。
はしたなくていいんです。
貴族の娘らしくなくていいんです。
ガイがわたくしのものになったのですから!
「うふっ、よろしくお願いいたしますね」
―――――――――― その頃。王妃視点。
伝声管のキャップを閉めました。
ロビンちゃんがうちの子でなくなってしまう。
あれほど賢い子なのに。
わたしが衝撃を受けているのですが。
セインは何をやっているのです!
……いえ、私の失策ですか。
伝声管の仕掛けは、賢いロビンちゃんなら必ず気付くと思いました。
セインのバカには必ず思い知らせますので、ちょっと我慢しててねというメッセージをロビンちゃんに与えたつもりだったのです。
睦言が文字通り筒抜け、それこそが幽霊の正体と知らされれば、セインだって身を慎まざるを得ないでしょうから。
しかしこともあろうにセインに先制で邪魔されるとは。
第二王子妃というポジションはわたしの相談役としてちょうどよかったのですがねえ。
目論見が潰されてしまいましたよ。
大体あのエンマ・タリクという淫乱な女は何なのです。
もっともセインを篭絡するという目的を達したエンマ・タリクを責めるのは筋違いですか。
責められるはセインであるべき。
愚かであるだけならいいのです。
愚かな面を見せなければいいのですから。
愚かさを宣伝して回るセインは害悪ですね。
王家の権威に影響してしまうではありませんか。
王太子フレッドに二人目の男児が誕生したら、スペアとしての意味もガクンと低下します。
処分しましょう。
ロビンちゃんには悪いことをしてしまいましたが、あれほどできる子なのです。
おそらくどんな分野であっても頭角を現してくると思います。
時々お茶会に呼んであげましょうかね。
あの子ならわたしとの繋がりを有効に活用するでしょう。
逆に王家のためにもなるでしょう。
あの誠実な護衛騎士はガイと言いましたか。
温和で重厚で強くて。
殿方はああでなくてはいけませんねえ。
二人でお幸せに。
―――――――――― 三年後、王宮にてお茶会。
「そう言えばロビンちゃん。セインが亡くなったって知ってました?」
「えっ? 初耳です」
「庶民に落としてもバカが抜けなくて……ごめんなさいね。こんなことで許して欲しいと思っているわけではないですけれど」
「いえいえ、お気になさらず」
ちなみに『セイン殿下』と『伝声管』はアナグラムになっています。
最後までお読みいただきありがとうございました。




