01 夢じゃなかった
朝。窓からの眩しさと、ソファで寝たことによる身体の気だるさで目が覚めた。
しかし、身体がやたらと重い。筋肉痛だろうか。
確かに昨日紙袋やら布団やら抱えたからな。でもこれは違う。何かが乗っている重さだ。
……重さ?
上半身を起こそうとするが、何かにがっちり掴まれているようで動きにくい。
寝袋から這い出るようにして布団をめくると、星羅がいた。
星羅が俺の上に乗っかかって寝ていたようだ。
「…………夢じゃなかったんだな」
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。
あの突拍子もない一日は夢ではなかった。現実だったのだ。
いつまで夢を。妄想を見ているんだろうかと思っていたのだが、そうか……。よかった……。
そこでふと思い出す。
相当な金額の出費を。それを思い出して体の芯から冷たくなる感覚があった。
マジで支払い大丈夫だろうか?
いや、そんなことよりもこの状況の方がマズイ。
なんせ星羅が俺のところで寝ているからだ。
おかしい。ちゃんと昨日寝室で寝ていたはず。
もしかして星羅って相当に寝相が悪いのだろうか?
或いは夢遊病の可能性もある。
え、病院とか連れて行った方がいいのだろうか?
保険証は…今はマイナンバーカードか。え、戸籍がないとダメだよな?
そんなトンチンカンなことを考えていたら、のっそりと星羅が起きあがった。
俺のコートはいつの間にか脱いでいたのか、星羅は薄手のサテンのナイトウェアだけだった。
隙間から見えてしまいそうで悪い意味でドキドキしてしまう。
「お、起きたか」
「んー、おはよ?」
「あ、ああ。おはよう」
ユイみたいな反応だ。どうやら朝は弱いらしい。上半身がぐわんぐわんと揺れている。
というか、なんで疑問形?
そして、やっと意識がはっきりしてきたのか、辺りを見回していつもの余裕そうな表情になった。
「あはっ。コージったらだいたーん」
「大胆なのはお前だ。てかなんで俺の上に乗っかかってたんだ」
「んー。ほら、生感まくら買ったじゃん?」
「あぁ、そういえばそんなの買ったな」
ドンキでやたら艶っぽい表情で語っていたのを思い出した。
「で、きっとトイレ行って、戻る時に間違えたのね。ほら感触同じだしぃ?」
そんな言い訳通用するか!
いたずらっ子のような顔をしているが、まだ眠いのかうつらうつらとしている。
「はぁ。まぁいいよ。そこでゆっくりしてな」
「んー」
今のは本当は寝ぼけて言ってたとかないよな?
時計を見るとまだ七時前。いつもより遅い時間だ。
いつもの日課通りコーヒーを淹れようと棚からコーヒー豆の入った瓶を取り出し台所へ向かう。
今日はコロンビアでいいかな。
そこでふと目線を上げる。ソファに深く沈み込んで寝ている星羅。
電動ミルはやめておくか。
再び棚へ向かい、手で回す方のミルを持ってきた。
キャンプでも使えるようのもので多めに引くことができる。惜しむらくは、たまに調整しないとズレて分解しそうになるのがネックだが、前はこれを使ってたんだよなぁと感慨に耽っていた。
豆を入れてガリガリと引いていく。
時間に余裕があればこれでもいいんだけどな。
……静な朝だな。電車の音は聞こえるがそこまでじゃない。
電気ケトルの電子音がこんなに大きいとは思わなかった。
そこからいつもと同じように淹れていく。
コーヒーのいい匂いが部屋の空気に染み込んでいく。
その空気を感じ取ったのか星羅が目を覚まして立ち上がる。
「コーヒー?」
「あぁ、起こしちゃったか」
「いや、丁度良かったよ。それにしても上手だね」
「まぁ毎日やってたしな」
「喫茶店やろうとは思わなかったの?」
「好きなことは仕事にしたくないんだ」
「なるほどね。……ねぇ、それわたしの分もあるの?」
「あぁ。丁度起きるだろうと思ってな」
「へぇー」
「なんだよその反応」
「ふふ。別にぃ」
星羅は何を考えているか分からないんだよな。
まぁ、他の三人も分かるかって言われたら自信は皆無なんだけどな。
マグカップ二つ持ってテーブルに置く。
星羅はそれを片手で持つ。その姿は黙っていれば優雅で、本当にお嬢様って感じがした。
他の三人はまだ起きてこない。そんな気配すらない。もしかしてあの後夜更かししたんじゃないだろうな?
まぁゆっくりさせておいてやるか。
「どうだ?」
「美味しいわよ。ホントお店やらないのが不思議なくらい」
「そうか。まぁこのくらい誰でもできるだろ?」
「即座に否定できるほど、他の味を知らないからなんとも言えないわね」
そりゃそうか。星羅の言うことはもっともだな。
これしか知らなかったら、その味しか分からないもんな。
「だからさ、今度いろいろ連れてってよ」
「あぁいいぞ。みんなで行こう」
「そこはわたしと二人でって言いなさいよね」
「そうだな」
チャットと違ってリアルの俺は経験値が無いらしい。そしてネットの経験値はリアルに移行できないらしい。
「いくつかオススメのお店があるんだ」
「じゃあ、それは秘密にしておかないとね」
「ふふ。そうだな」
こんな朝を迎えられるとはな。悪くない。いや、むしろすごくいい。
暫くは静かで優雅な朝のひと時を迎えることができたのだった。




