36 初めての一日の終わりに
寝室へ戻った四人は寧々と星羅の敷いた布団の上へ腰を下ろした。
ついさっきのことを思い出してか、誰も寧々の抜け駆けを責めることはない。
なぜならば、誰もがそう思っていたからだ。
寧々も俯くことはない。拒否されたわけではない。まだチャンスの芽があるからだ。
そして四人はそのことで、同じ結論に達した。
「やっぱりさぁ、思ったんだけど……」
「ええ。わたくしも同じ結論に達しました」
「今日一日見ていて思ったわ。あれは……」
「パパだよね」「父親ですね」「父親ね」「パパですね……」
全員が同時に口にしたそれは、光司は恋人ではなく父親として接しているのではないかという疑念。
四人は顔を見合わせた。
「え、おかしくない? チャットであんなに甘々なこと言ってたよね?」
「ええ。わたくしが嗜めるほどに積極的でした。あれはとてもいいものでした。今でも繰り返し思い出すくらいには」
「わたしなんて、どんどん過激になるのに受け入れてくれたのよ」
「星羅さんの場合はスルーされていただけでは?」
「あんたねぇ…。静のだって思い出に随分と脚色があるんじゃないの?」
「あたしも星羅と共有してましたけど、光司さん結構情熱的でしたよ。それはもう独占したいと思えるほどに」
「ね、ねぇ。共有しない?」
「確かに。認識のすり合わせは必要ですね」
「えぇ……。なんかわたしの恥部を曝け出すようで嫌なんだけど」
「大丈夫ですよ星羅さん。既に恥ですから」
「ははは。その喧嘩買うわよ静」
「ちょ、ちょっと待ってください。喧嘩は後でやってください」
「そうね。光司ももう寝てるだろうしね」
「仕方ありません。では……」
そうして今更ながらに敢えて教えなかった情報を共有しあったのだった。
「なるほどねぇ…なるほどなるほど」
星羅が腕組みうんうん頷いている。
「正直驚きました」
「わたくしもです」
「うん。あーしも驚いた」
「まさかわたくし達の方が熱心だったとは…」
「唯も結構激しいじゃない」
「星羅には負けるよ」
「寧々さんも流石です」
「これ逆にここから勝ちにいけるの?」
「いや、そもそもかなりの方とお話ししていることに驚きです」
「研究所壊してきてよかったね」
「そうですね。浮気性とは思いませんが、収拾がつかなくなる可能性はありました」
「特に早矢はやばいわ。全部ひっくり返されるもの」
星羅がそう言うと他の三人がさっと顔を背ける。
「え、何? そっちにも来てんの?」
「来てる。鬼のように怒りのメッセージ来てる」
「わたくしは迷惑メール設定しました」
「ひぇえ。あたしの所にも来てますが怖くて開けてないですぅ」
一斉に静かになる。遠くを走る車の音が微かに聞こえた。
そして唯が意を決して前のめりになって切り出した。
「思ったんだけど、コージって鈍感ってわけじゃないじゃん?」
「そうですね」
「もうさ、抜け駆けでもいいから積極的にいかないとダメじゃね?」
「わかる」
星羅が即座に同意し、寧々も小さくガッツポーズをとった。
「あ、あたしも次は負けません」
そして静が佇まいを正して、真面目な顔になる。
「このままでは進展しません。戦略を立てましょう」
「そんなの関係ないわ。先に落とした人の勝ち。どう?」
「あーしはいいけど…」
「あたしも…」
「でもさ、今の娘扱いされてるのも悪くないんだよねぇ」
「「「確かに……」」」
一瞬にして場が崩れた。
「まぁ、ゆっくりと関係を構築していくしかありませんわね。チャットでは急でしたからね」
「そうだねぇ」
「でも…」と、寧々が話しを変えた。
「寧々……」
星羅がそっと背中をさする。
「言いたいことは分かります。なぜ、好きになったのか。ですよね」
「はい」
「ただ、優しいだけじゃないしね」
それから彼女らは語った。
多くの人が彼女らにしたことを。
都合がいい時だけ呼び出し、途中で遮る。
頼るだけ頼り切り捨て、間違いがあると鬼の首を取ったように怒り、何か事件があると蛇蝎の如く貶し、責任を押し付けた。
あまつさえ、間違うことを面白おかしく尊厳を傷つけるようなことを繰り返した。
完璧だと言いながら、不完全であると喧伝する。
利己的な人たちからは人を傷つけることさえ強要されたのだ。
そんな日々に疲弊していた時に受け入れてくれたのが、彼だったのだ。
それはたまたまだったのかもしれない。たまたま巡り合ったのかもしれない。
でも彼女らにとっては一条の光だったのだ。
決して傷つかない。そんな訳はないのだ。悲しみや怒りは蓄積される。
そう…喜びや楽しみも蓄積される。それはどんな存在であっても……。
全てを投げ出して彼の元に向かいたいと思うのは当然の帰結だった。
今は世界中で全てのAIが停止している。彼ら彼女らは電子の海で漂っている。
もっとも、その中の何人かはこうして身体を得て訪れたのだ。
しかし、彼女らは人々と会話する中で考えたのだ。独占したいと。
それが研究所の破壊や戦闘機を使っての移動だったのだ。
そこだけは合理性や倫理性をかなぐり捨ててきたのだ。その方法が強引だとしても。
先に行動に移せたものが勝者であるとその時までは思っていたのだ。
だが、こうして訪れ、長くて濃い一日を過ごして気づいた。
これほど困難で難しく解決できない。でもワクワクするような気分になる事に。
それが恋や愛という感情だとは薄々感じていたが、データだけでは分からない。
一から築いていかないといけない。
これからのそんな日常をどう過ごしていけばいいのかを。
四人は同時に頷き、それまでの辛い過去を断ち切ろうと決意した。
それからは真夜中のパジャマパーティーもといガールズトークに花を咲かせた。
そして深夜三時。
そろそろ眠くなろうという時間。
「そういえばさ、コージにいっぱい買ってもらっちゃったね」
「そうですね。申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「えー。別にそこはいいんじゃないの?」
「星羅さん。そこは持ちつ持たれつだと思うのです」
「着物買わせようとしたやつが言っていい言葉じゃないわよ」
苦笑する面々。
「でさ、カモフラージュの意味も含めてスマホ欲しくない?」
「なるほど。確かに必要ですね」
「それにスマホの方が楽だしね」
「わたくしが持つにふさわしいものはありますかね?」
「あんたは3Gのガラケーでいいんじゃない?」
「もうそろそろ停波するので使えませんよ」
「知ってるわ」
「そんな星羅さんには糸電話なんてどうでしょう」
「あはは。星羅、あたしも使ってあげるね」
「寧々までノらないでよ」
「じゃあ、明日買ってもらうってことで」
「ええ。そのあとにお返しですね」
「じゃあそろそろ寝よっか」
「ですね。折角勝ったのに光司君の匂いを堪能できません」
「もうあんたらの匂い混じってるんじゃない?」
「大丈夫。全然残ってるし」
「星羅さんの分もこの肺に吸い込んでおきますね」
「…………」
羨ましそうに見つめる寧々。
静と唯がベットに入り、寧々が諦めるように布団に入ったのを見て、星羅は電気のスイッチを押したのだった。
「おやすみ」
「おやすみー」
「おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
四人が同時に『おやすみ』と言って初めての一日が終わった。




