9話
「知識は、個人戦だと思っていた」
鯖波理比人は、クイズ大会の控室で、早押しボタンを見つめていた。
今日の大会は、大学対抗のチーム戦。
3人1組で、協力して答える形式だった。
理比人は、“協力”という言葉に、少しだけ戸惑っていた。
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チームメンバーは、同じクイズ研究会の1年生・佐久間くんと、2年生の先輩・小野寺ひかり。
「理比人くんは、解説係ね」と言われた瞬間、彼は少しだけ驚いた。
「僕は、早押しもできますが……」
「うん。でも、理比人くんの解説、すごく助かるから。
佐久間くんが押して、理比人くんが補足。私が調整する。これでいこう」
理比人は、頷いた。
——“俺の知識が、誰かの力になる”
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大会が始まった。
第1問。「“日本国憲法が公布された日は?”」
佐久間くん、即押し。「1946年11月3日!」
理比人、すかさず補足。「文化の日です。施行は1947年5月3日。憲法記念日ですね」
司会:「正解!補足も素晴らしい!」
理比人、内心でガッツポーズ。
——“俺の知識、チームの勝利に貢献した”
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第2問。「““坊っちゃん”の作者は?”」
佐久間くん:「夏目漱石!」
理比人:「1867年生まれ。旧制一高の英語教師を経て——」
小野寺先輩:「理比人くん、ちょっとだけ短く!」
理比人:「……はい。漱石です」
司会:「正解!」
理比人は、少しだけ笑った。
——“短くても、伝わる”
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第3問。「““I have a dream”の演説をした人物は?”」
佐久間くん:「キング牧師!」
理比人:「1963年、ワシントン大行進にて。公民権運動の象徴的演説です」
司会:「正解!」
小野寺先輩が、そっと言った。
「理比人くん、完璧」
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大会は、順調に進んだ。
理比人は、早押しは控えめに、“補足と支え”に徹していた。
それは、彼にとって初めての役割だった。
「威張らないって、こういうことかもしれない」
彼は、そう思った。
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最終問題。
「“カレーの語源は?”」
佐久間くん:「タミル語の“カリ”!」
理比人:「南インドの煮込み料理が語源です。イギリス経由で日本へ。
ちなみに、文化の伝播として——」
小野寺先輩:「理比人くん、まとめて!」
理比人:「はい。カレーは、世界をつなぐ料理です」
司会:「正解!優勝は——○○大学Bチーム!」
理比人たちのチームが、優勝した。
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帰り道。
理比人は、スマホのメモ帳に今日の“成果”を記録していた。
• チーム戦:優勝
• 役割:解説係
• 気づき:“威張らない強さ”の存在
「ふふ……俺の知識、誰かの力になったな」
その顔は、どこか誇らしげで、どこか柔らかかった。
でも、彼は満足していた。
誰にも気づかれなくても、俺は俺を知っている。
彼は今、威張っている。誰かの背中を支えながら。
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ちなみに、他大学の参加者がこう言っていた。
「○○大学の解説の人、すごかったね」
「なんか、知識が深いっていうか……安心感あった」
「また一緒に出たいな」
理比人は知らない。
自分が、少しずつ“頼れる存在”になっていることを。
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こうして、鯖波理比人の“威張りサバイバル”は、また一歩進んだ。
彼の知識は、少しずつ届き始めている。
そして、彼は信じている。
いつか、世界が俺に追いつく日が来ると。
彼は今、威張っている。誰よりも静かに、誰よりも優しく、誰かとともに。




