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鯖、威張る  作者: 双鶴


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7/11

7話

「知識は、届かないのかもしれない」

鯖波理比人は、図書館の奥の席で、そっとノートを閉じた。

ゼミでの敗北から三日。

彼は、誰とも話していなかった。




図書館は、静かだった。

ページをめくる音、鉛筆の走る音、遠くの時計の針の音。

そのすべてが、理比人には心地よかった。


「ここなら、威張らなくていい」

彼は、そう思っていた。

誰にも見られず、誰にも届かず、ただ黙々と知識を積み上げる。

それは、彼にとって“安全な場所”だった。




その日、彼は『法思想史』を読んでいた。

ホッブズ、ロック、ルソー、カント、ミル。

ページの余白には、びっしりと書き込みがある。


——“ホッブズの“万人の万人に対する闘争”は、SNSの炎上構造に似ている(仮説)”

——“ミルの自由論=クイズ研究会の理念に応用可能?”


彼は、誰にも見せない“知の地図”を描いていた。




「それ、面白いですね」

ふいに、声がした。


顔を上げると、隣の席に座っていた女子学生が、彼のノートを覗き込んでいた。

黒縁の眼鏡。静かな目。手には『沈黙の倫理学』。


「……え?」


「“SNSの炎上とホッブズ”って、ちょっと笑いました。

 でも、たしかに“自然状態”っぽいかも」


理比人は、言葉を失った。

——“俺の知識が、届いた?”




彼女の名前は、三谷しおり。

文学部の2年生。

「図書館が好きで、よくここにいるんです」と言った。


「鯖波くんは、法学部?」


「はい。憲法が好きです。あと、クイズも」


「クイズ?」


「はい。知識で世界を変えたいと思ってます」


「……ふふ。いいですね、それ」


彼女は、笑った。

理比人は、少しだけ頬が熱くなった。




その日から、理比人は図書館で彼女とよく会うようになった。

会話は多くない。

でも、彼女は時々、彼のノートを覗いて「それ、面白い」と言ってくれた。


「知識って、誰かに届くと、ちょっと嬉しいですね」

ある日、彼女がそう言った。


理比人は、黙って頷いた。

その言葉が、胸に残った。




帰り道。

理比人は、スマホのメモ帳に今日の“成果”を記録していた。


• 図書館:静寂の中の出会い

• 三谷しおり:文学部2年

• “知識は、届くと嬉しい”=名言(保存)



「ふふ……俺の知識、少しだけ誰かに届いたな」


その顔は、どこか誇らしげで、どこか柔らかかった。

でも、彼は満足していた。

誰にも気づかれなくても、俺は俺を知っている。


彼は今、威張っている。静かに、誰かと並んで。




ちなみに、三谷しおりは、友人にこう言っていた。


「鯖波くん? うん、ちょっと変わってるけど、真面目で面白いよ」

「なんか、知識で世界を変えたいって言ってた」

「……そういうの、ちょっと好きかも」


理比人は知らない。

自分が、少しずつ“誰かの記憶”に残り始めていることを。




こうして、鯖波理比人の“威張りサバイバル”は、また一歩進んだ。

彼の知識は、まだ誰にも届いていない。

でも、彼は信じている。

いつか、世界が俺に追いつく日が来ると。


彼は今、威張っている。誰よりも静かに、誰よりも優しく。


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