表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鯖、威張る  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/11

6話

「論破とは、知の勝利である」

鯖波理比人は、ゼミ室の椅子に腰かけながら、静かに拳を握った。

今日のテーマは、「死刑制度の是非」。

法学部1年生にしては重いテーマだが、彼にとっては**“威張れる舞台”**だった。


「これは、俺の知識が輝く時だ」




ゼミは、少人数のディスカッション形式。

教授がテーマを提示し、学生たちが自由に意見を述べ合う。

理比人は、開始5分で手を挙げた。


「死刑制度は、国家による生命の剥奪であり、憲法第13条の“個人の尊重”に反する可能性があります。

 また、誤判のリスク、抑止力の不確実性、国際的な人権基準との乖離を考慮すれば——」


「ちょ、ちょっと待って」

向かいの学生が手を挙げた。

「でもさ、もし自分の家族が殺されたら、加害者に死刑を望む気持ちって、自然じゃない?」


理比人は、瞬時に反応した。

「感情は理解します。しかし、法は感情ではなく、原理で動くべきです。

 “目には目を”では、法治国家とは言えません」


「でも……感情って、無視できないでしょ。

 被害者遺族の気持ちを“非論理的”って切り捨てるのは、ちょっと冷たくない?」


その言葉に、ゼミ室が静かになった。

理比人は、言葉を失った。




議論は続いたが、彼はもう発言しなかった。

ノートに書いた論点は、ページの端で静かに眠っていた。


「……俺の知識、届かなかった」




ゼミ後。

教授が声をかけてきた。


「鯖波くん、論点は鋭かったよ。

 でもね、法って“人の痛み”の上にあるものなんだ。

 知識だけじゃ、届かないこともある」


理比人は、黙って頷いた。

その言葉が、胸に刺さった。




帰り道。

彼は、スマホのメモ帳を開いた。

でも、今日は“成果”が書けなかった。


代わりに、こう書いた。


——“知識は、誰かの痛みに届くのか?”




その夜。

彼は、自分の“クイズノート”を開いた。

ページの隅に、こう書き加えた。


「知識とは、誰かの心に触れるための道具である(仮説)」




翌日。

クイズ研究会の部室で、小野寺ひかり先輩が声をかけてきた。


「昨日のゼミ、見てたよ。理比人くん、すごかったね」


「……負けました。感情に」


「ううん、ちゃんと伝わってたよ。

 あの子、帰りに“あの人、すごいこと言ってた”って言ってたもん」


理比人は、少しだけ目を見開いた。


「……本当ですか?」


「うん。たぶん、ちょっとだけ、届いてたよ」




その夜。

理比人は、スマホのメモ帳に今日の“成果”を記録した。


• ゼミ:敗北(論理的)

• 教授の言葉:痛みの上に法がある

• 彼女の言葉:届いてた(推定)



「ふふ……俺の知識、少しだけ人に触れたかもしれない」


その顔は、どこか誇らしげで、どこか寂しげだった。

でも、彼は満足していた。

誰にも気づかれなくても、俺は俺を知っている。


彼は今、威張っている。静かに、少しだけ優しく。




ちなみに、ゼミのグループチャットでは、こんなやりとりがあった。


「昨日の鯖波くん、すごかったね」

「ちょっと怖かったけど、なんか……真剣だった」

「また話してみたいな」


理比人は知らない。

自分が、少しずつ“議論したくなる人”になっていることを。




こうして、鯖波理比人の“威張りサバイバル”は、また一歩進んだ。

彼の知識は、まだ誰にも届いていない。

でも、彼は信じている。

いつか、世界が俺に追いつく日が来ると。


彼は今、威張っている。誰よりも静かに、誰よりも強く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ