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鯖、威張る  作者: 双鶴


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5/11

5話

「恋とは、認知の偏りである」

鯖波理比人は、図書館の哲学書コーナーでそう呟いた。

棚に並ぶ『愛と自由』『恋愛心理学入門』を眺めながら、彼は思っていた。

——俺は、恋をしているのかもしれない。




きっかけは、クイズ研究会の先輩だった。

2年生の女性。名前は、小野寺ひかり。

早押しのスピードはもちろん、解説の簡潔さ、そして何より“人に伝える力”がすごかった。


「“カレーの語源は?”」という問題に、彼女はこう答えた。

「タミル語の“カリ”。南インドの煮込み料理が語源です」

——それだけ。

それだけなのに、部室が「へえ〜」とざわついた。


理比人は、震えた。

「俺の解説、もっと長かったのに……なぜ……?」




それ以来、理比人は彼女を意識するようになった。

彼女の発言にメモを取り、彼女の服装に“知的要素”を探し、

彼女の笑い声に“意味論的構造”を見出そうとした。


「これは……恋か?」


彼は、スマホのメモ帳に書いた。

——“恋=伝達欲求の拡張形態(仮説)”




ある日、部室で彼女が言った。


「来週、初心者向けのクイズ講座やるんだけど、理比人くんも何か話してみる?」


理比人は、即答した。

「はい。僕、話します。“憲法とクイズの親和性”について」


「……え?」


「クイズとは、知識の断片を問うもの。憲法とは、社会の根幹を定めるもの。つまり——」


「うん、ありがとう。じゃあ、5分くらいでお願いね」


理比人は、心の中でガッツポーズをした。

——“俺の知識、彼女に届くチャンスだ”




講座当日。

理比人は、スライドを用意していた。

タイトルは「憲法第13条とクイズの倫理性」。

内容は、“クイズにおける個人尊重とは何か”という壮大なテーマだった。


彼は、語った。

「クイズとは、競技であると同時に、知識の共有である。

 その根底には、憲法第13条——“すべて国民は、個人として尊重される”という理念がある。

 つまり、早押しの速さよりも、答えの意味を伝えることが——」


「……理比人くん、あと1分ね」


「はい。まとめます。つまり、僕は——“知識で人を尊重したい”のです」


部室は、静かだった。

誰も笑っていなかった。

でも、誰も馬鹿にしていなかった。




講座後、彼女が声をかけてきた。


「理比人くん、すごいね。なんか……熱かった」


「ありがとうございます。僕は、知識で世界を変えたいと思ってます」


「……うん。面白かったよ」


その“面白かった”が、彼には“心に届いた”と感じられた。




帰り道。

理比人は、スマホのメモ帳に今日の“成果”を記録していた。


• 講座:完遂

• スライド:思想的成功

• 彼女の反応:“面白かった”=感銘(推定)



「ふふ……俺の知識、ついに彼女に届いたな」


その顔は、どこか誇らしげで、どこか寂しげだった。

でも、彼は満足していた。

誰にも気づかれなくても、俺は俺を知っている。


彼は今、威張っている。恋の定義を更新しながら。




ちなみに、小野寺ひかりは、後輩にこう言っていた。


「理比人くん、すごいよね。なんか……一途で、かわいい」


「え、あの条文の人?」


「うん。でも、ああいう子って、なんか放っておけないよね」


理比人は知らない。

自分が、少しずつ“かわいい枠”に移行しつつあることを。




こうして、鯖波理比人の“威張りサバイバル”は、また一歩進んだ。

彼の知識は、まだ誰にも届いていない。

でも、彼は信じている。

いつか、世界が俺に追いつく日が来ると。


彼は今、威張っている。誰よりも静かに、誰よりも強く。


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