4話
「見た目も、知識の一部だ」
鯖波理比人は、鏡の前でジャケットの襟を整えながら、真顔で呟いた。
大学生活も2週間が過ぎ、彼は気づいてしまったのだ。
——誰も俺の博識に気づいていない。
クイズ研究会では「解説が長い人」として定着しつつあるが、
それは“面白枠”であって、“尊敬枠”ではない。
彼は、もっと“威張りたい”のだ。
見た目から、知性を滲ませたい。
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理比人は、ファッション誌を買った。
『知的男子の春コーデ』という特集に目を輝かせた。
だが、ページをめくるたびに、彼の眉間は深くなっていく。
「……なんだこれは。白シャツ?デニム?それで知的?」
彼は、“知的”の定義に異議を唱えた。
「知的とは、思想と歴史を纏うことだ」
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翌日。
理比人は、構内に現れた。
黒のタートルネックに、グレーのジャケット。
胸ポケットには、『法哲学入門』の文庫本。
首からは、“憲法第13条”が刻まれたペンダント。
そして、トートバッグには「I ❤️ Rawls」の缶バッジ。
「ふふ……これで、俺は“見た目から威張れる”」
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だが、すれ違う学生たちは、誰も彼に声をかけなかった。
むしろ、少し距離を取っていた。
「なんか……すごい人いたね」
「え、あのペンダント、条文なの?」
「怖くはないけど……近づきづらいかも」
理比人は、それを“尊敬の沈黙”と解釈した。
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昼休み。
クイズ研究会の先輩が、声をかけてきた。
「理比人くん、今日の服、なんか……すごいね」
「ありがとうございます。これは“思想を纏う”という試みです」
「……へえ。ちなみに、そのペンダントは?」
「憲法第13条。“すべて国民は、個人として尊重される”——僕の信念です」
「……うん、すごいね」
先輩は、笑いながら言った。
理比人は、その笑顔を“感銘の証”と受け取った。
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午後の講義。
教授が「法と社会の関係性について、自由に考えてみましょう」と言った瞬間、
理比人は、立ち上がりかけた。
だが、隣の学生が「それ、プレゼンじゃないから」と小声で止めた。
理比人は、静かに座り直した。
——“俺の思想、まだ早すぎたか”
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帰り道。
理比人は、スマホのメモ帳に今日の“成果”を記録していた。
• ファッション:思想的成功
• ペンダント:注目度高
• 先輩の反応:感銘(推定)
• 講義:発言未遂(反省)
「ふふ……俺の知識、ついに外見に宿ったな」
その顔は、どこか誇らしげで、どこか寂しげだった。
でも、彼は満足していた。
誰にも気づかれなくても、俺は俺を知っている。
彼は今、威張っている。ペンダントの重みを感じながら。
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ちなみに、クイズ研究会のLINEグループでは、こんなやりとりがあった。
「理比人くん、今日の服、すごかったね」
「条文ペンダントは新しい」
「でも、なんか……かわいくない?」
理比人は知らない。
自分が、少しずつ“愛され枠”に移行しつつあることを。
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こうして、鯖波理比人の“威張りサバイバル”は、また一歩進んだ。
彼の知識は、まだ誰にも届いていない。
でも、彼は信じている。
いつか、世界が俺に追いつく日が来ると。
彼は今、威張っている。誰よりも静かに、誰よりも強く。




