3話
「これは、戦だ」
鯖波理比人は、早押しボタンに指を添えながら、静かに呟いた。
クイズ研究会の交流戦——他大学との合同練習会。
部室の空気は、いつもより少しだけ張り詰めていた。
「緊張してる?」
先輩が声をかけてくる。
「いえ。これは、知識の決闘です。僕は、威張るために来ました」
先輩は笑った。
「うん、いいね。じゃあ、楽しもう」
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交流戦は、3大学合同のチーム戦形式。
理比人は、クイズ研究会の“Bチーム”に配属された。
「Aチームは経験者中心だからね。Bは自由にやっていいよ」と言われたが、彼はそれを**“実験枠”**と解釈した。
「つまり、俺の知識が試される場だな」
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第1ラウンド。
「“日本国憲法が施行された年は?”」
ピンポーン!
「1947年。昭和22年5月3日。ちなみに、公布は1946年11月3日。文化の日です」
「正解!」
理比人、初手から炸裂。
隣のチームの学生が「え、なんかすごいの来た」と小声で言ったのを、彼は聞き逃さなかった。
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第2問。
「“フランス革命が始まった年は?”」
ピンポーン!
「1789年。バスティーユ牢獄の襲撃が象徴的です。ちなみに、ロベスピエールの台頭は——」
「正解!次いこう!」
司会が遮る。
理比人は、少しだけ不満そうだった。
——“解説まで含めて、俺の答えなのに”
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第3問。
「“日本で最も多い苗字は?”」
理比人、指が止まる。
「えっ、それは……地域差があるし、統計によっても……」
ピンポーン!「佐藤!」
「正解!」
理比人、沈黙。
——“俺の思考、また深すぎたか”
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第4問。
「““坊っちゃん”の作者は?”」
ピンポーン!
「夏目漱石。1867年生まれ、旧制一高の英語教師を経て——」
「正解!」
理比人、復活。
だが、隣のチームの学生が「また解説始まった」と笑っているのを見て、少しだけ胸が痛んだ。
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第5問。
「““I have a dream”の演説をした人物は?”」
ピンポーン!
「マーティン・ルーサー・キング・ジュニア。1963年、ワシントン大行進にて——」
「正解!」
理比人、手応えあり。
——“俺の知識、世界に届いてる”
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最終問題。
「““カレー”の語源は?”」
ピンポーン!
「タミル語の“カリ”。南インドの煮込み料理が語源で——」
「正解!」
司会が笑いながら言った。
「すごいね、解説が止まらない!」
理比人は、満面の笑みを浮かべた。
——“俺、今、威張ってる”
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結果発表。
Bチームは、惜しくも2位。
Aチームが優勝をさらっていった。
「惜しかったね」
先輩が声をかけてくる。
「でも、理比人くんの解説、めっちゃ盛り上がってたよ」
「ありがとうございます。僕は、勝ちました」
「え?」
「僕の知識が、誰かの心に届いた。それは、勝利です」
先輩は、少しだけ笑って、少しだけ感心していた。
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帰り道。
理比人は、スマホのメモ帳に今日の“成果”を記録していた。
• 憲法問題:完璧
• 苗字問題:反省
• 漱石問題:解説成功
• カレー語源:盛り上がり確認
「ふふ……俺の知識、やっぱりすごいな」
その顔は、どこか誇らしげで、どこか寂しげだった。
でも、彼は満足していた。
誰にも気づかれなくても、俺は俺を知っている。
彼は今、威張っている。誰よりも静かに、誰よりも強く。
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ちなみに、交流戦の後、他大学の学生がこう言っていた。
「なんか、すごい解説の人いたよね」
「うん、ちょっと変だったけど、面白かった」
「また会いたいな」
理比人は知らない。
自分が、少しだけ“記憶に残る存在”になったことを。
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こうして、鯖波理比人の“威張りサバイバル”は、また一歩進んだ。
彼の知識は、まだ誰にも届いていない。
でも、彼は信じている。
いつか、世界が俺に追いつく日が来ると。
彼は今、威張っている。誰よりも静かに、誰よりも強く。




