2話
「サークル選びは、戦略だ」
鯖波理比人は、大学構内のサークル勧誘ブースを前に、腕を組んでいた。
春の風が吹き抜ける中、彼の脳内ではすでに“威張れる場所ランキング”が作成されていた。
「演劇部……演出家なら威張れるか? いや、台本に口出しできないのは不自由だ」
「法学研究会……教授に勝てないから却下」
「天文部……星座は暗記したけど、望遠鏡の操作が不安」
「クイズ研究会……これは……!」
目の前にあったのは、地味な机に「クイズ研究会」と書かれた紙。
その横に座っていた先輩が、にこやかに声をかけてきた。
「興味ある? クイズ、やってみる?」
理比人は、即答した。
「入ります」
•
クイズ研究会の部室は、思ったよりも静かだった。
ホワイトボードに「早押し練習」「例会スケジュール」などの文字が並び、机の上にはボタン型の早押し機が置かれている。
「じゃあ、軽く練習してみようか」
先輩が言うと、理比人はすでに早押しボタンの前に正座していた。
「準備はできています」
「……じゃあ、いくよ。第1問。“我思う、ゆえに我あり”といえば?」
ピンポーン!
「デカルト!Cogito ergo sum!ちなみに彼の本名はルネ・デカルト。1596年生まれ、フランスの哲学者であり数学者。彼の思考法は“方法的懐疑”と呼ばれ——」
「……正解だけど、解説は後でいいよ!」
先輩の声が、少し笑っていた。
理比人は、内心でガッツポーズをした。
——“俺の知識、刺さったな”
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第2問。“日本で最も高い山は?”
理比人は、少し考えた。
「えっ、それは……えっと……標高で?それとも文化的価値で?あるいは——」
ピンポーン!
「富士山!」
他の新入生が、あっさりと答えた。
理比人は、口を閉じた。
——“俺の思考、深すぎたか”
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その後も、理比人は難問には強いが、常識問題に弱いという特性を発揮し続けた。
「“カレーの語源は?”」
→「タミル語の“カリ”です!南インドの料理文化に由来し——」
「“日本の首都は?”」
→「えっ、それは……政治的中心?経済的中心?それとも——」
ピンポーン!「東京!」
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練習後、先輩が声をかけてきた。
「理比人くん、すごいね。知識の深さは本物だよ」
「ありがとうございます。僕は、知識で世界を変えたいと思ってます」
「……うん、いいね。来週、他大学との交流戦あるけど、出てみる?」
理比人は、目を輝かせた。
「ついに俺の知識が、世界に試される時が来たか……!」
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帰り道。
理比人は、スマホのメモ帳に今日の“成果”を記録していた。
• デカルト問題:完璧
• 富士山問題:反省
• カレー語源:深掘り成功
• 首都問題:要再考
「ふふ……俺の知識、やっぱりすごいな」
その顔は、どこか誇らしげで、どこか寂しげだった。
でも、彼は満足していた。
誰にも気づかれなくても、俺は俺を知っている。
彼は今、威張っている。早押しボタンの感触に酔いしれて。
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ちなみに、クイズ研究会の先輩は、理比人の“暴走”を面白がっていた。
「なんか、すごい子が入ってきたね」
「うん、ちょっと痛いけど、憎めないよね」
「次の交流戦、どうなるかな……」
理比人は知らない。
自分が、すでに“ちょっと面白い存在”として認識されていることを。
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こうして、鯖波理比人の“威張りサバイバル”は、次なるステージへと進む。
彼の知識は、まだ誰にも届いていない。
でも、彼は信じている。
いつか、世界が俺に追いつく日が来ると。
彼は今、威張っている。誰よりも静かに、誰よりも強く。




