11話
春。
キャンパスに、また新しい風が吹いていた。
桜は散りかけ、地面には薄紅色の絨毯が広がっている。
鯖波理比人は、クイズ研究会の勧誘ブースの前に立っていた。
去年、自分が“威張りデビュー”を果たした場所。
あの日の自分は、憲法を暗唱しながら自己紹介をしていた。
——“俺は、威張る。誰よりも知的に、誰よりも堂々と”
今、彼は少しだけ違う顔をしていた。
胸ポケットには、去年と同じ『法哲学入門』。
でも、首から下げていた“憲法第13条ペンダント”は、外していた。
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「クイズ研究会、興味ある人いますかー」
先輩たちが声をかける中、理比人は、ひとりの新入生に目を留めた。
地味な服装。手には文庫本。
少しだけ、1年前の自分に似ていた。
「……クイズ、好きですか?」
新入生は、驚いたように顔を上げた。
「え? あ、はい。ちょっとだけ」
「よかったら、見学に来てください。
知識って、誰かと共有すると、ちょっと楽しいですよ」
新入生は、少しだけ笑った。
「……はい。行ってみます」
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その夜。
理比人は、スマホのメモ帳に今日の“成果”を記録していた。
• 新入生:声かけ成功(推定)
• 自己紹介:控えめに威張る
• 気づき:“威張る”=伝える、残す、つなぐ
「ふふ……俺の知識、少しだけ未来に届いたな」
その顔は、どこか誇らしげで、どこか静かだった。
でも、彼は満足していた。
誰にも気づかれなくても、俺は俺を知っている。
彼は今、威張っている。誰かの“はじめて”を支えながら。
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ちなみに、クイズ研究会のSlackには、こんな投稿があった。
「理比人くん、今年は勧誘めっちゃ自然だったね」
「“共有すると楽しい”って、あの子に響いてたよ」
「去年の“統治行為論”から進化したなあ……」
理比人は知らない。
自分が、少しずつ“誰かの入口”になっていることを。
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こうして、鯖波理比人の“威張りサバイバル”は、静かに続いていく。
彼の知識は、少しずつ届き始めている。
そして、彼は信じている。
いつか、世界が俺に追いつく日が来ると。
彼は今、威張っている。誰よりも静かに、誰よりも優しく、誰かとともに。
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そして、彼の“共有知識ノート”には、最後の一文が書き加えられていた。
——“知識とは、誰かの“へえ”を育てるものだ”




