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鯖、威張る  作者: 双鶴


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1話

「なんて読むの、それ?」

入学式の受付で名簿を確認していた係の学生が、首をかしげた。

「さばなみ、です。鯖波理比人。福井県の“鯖波”と同じ字です。由緒ある地名なんですよ」

理比人は、少し誇らしげに答えた。

「へえ、鯖って魚の?」

「はい、青魚の王様です」

「……へえ」

係の学生は、特に興味がなさそうだった。


理比人は、心の中でメモを取った。

——“名前の由来を語る機会、1件。反応、薄め。改善の余地あり。”




春。

桜が咲き、スーツが群れをなす。

大学の正門前は、まるで就活フェスのような光景だった。

その中に、ひときわ異彩を放つ男がいた。


黒のタートルネックに、ベージュのジャケット。胸ポケットには万年筆。

足元は革靴。だが、なぜかリュックには「憲法前文全文プリント」が刺さっている。

そして、胸元には小さな缶バッジ。「I ❤️ J.S. Mill」と書かれていた。


鯖波理比人、18歳。

彼は今日、大学デビューを果たす。

いや、威張りデビューを果たす。




理比人は、自分が博識であることに絶対の自信を持っていた。

小学生の頃から百科事典を読み漁り、中学では図書室の常連。

高校では「歩くWikipedia」と呼ばれた(※自称)。

だが、彼には悩みがあった。

影が薄いのだ。


発言しても聞き流され、手を挙げても指されず、文化祭では「裏方の裏方」。

それでも彼は、心の中で叫び続けていた。

「俺は、もっと評価されるべきだ!」


だからこそ、大学はチャンスだった。

誰も自分を知らない場所。ゼロからのスタート。

ここでなら、俺は“威張れる”。




入学式の会場。

理比人は、最前列中央の席を確保していた。

理由は「壇上の教授と目が合いやすいから」。

式が始まると、学長が壇上に立ち、開口一番こう言った。


「皆さん、ようこそ。大学とは、自由と責任の場です」


理比人、即座にメモを取る。

そして隣の学生に小声で囁く。

「“自由と責任”……これはジョン・スチュアート・ミルの『自由論』を意識してるね」


隣の学生はイヤホンをしていた。

理比人の声は、空気に吸い込まれた。


彼は今、威張っている。誰にも気づかれずに。




式後、構内を歩いていた理比人は、同じ学部の学生に話しかけられた。

「ねえ、法学部だよね?サークルとか決めた?」

「いや、まだ。だが、俺の知識が活かせる場所を探している」

「へえ、すごいね。何か得意なことあるの?」

「憲法なら、前文から第103条まで暗唱できる」

「……へえ」

微妙な間。

理比人はそれを「感嘆の沈黙」と解釈した。




その日の夕方、学部のオリエンテーション。

自己紹介の時間が回ってきた。


「鯖波理比人です。趣味は憲法の音読と、判例の収集です。最近は“統治行為論”にハマっています。よろしくお願いします」


会場、静寂。

拍手、まばら。

司会の先輩が「……ありがとう」と言った声が、少し震えていた。


彼は今、威張っている。自己紹介の余韻に酔いしれて。




帰り道。

理比人は、スマホのメモ帳に今日の“成果”を記録していた。


• 学長の言葉:自由と責任(ミル的)

• 隣の学生に知識提供(未確認)

• 自己紹介で統治行為論をアピール(印象深し)



「ふふ……初日としては、上々だな」


その顔は、どこか誇らしげで、どこか寂しげだった。

でも、彼は満足していた。

誰にも気づかれなくても、俺は俺を知っている。


そして、彼は決意する。

「明日は……サークルを決めよう。俺が、俺でいられる場所を」




ちなみに、「鯖波さばなみ」という名字は、実在する福井県の地名に由来する。

“鯖”と書いて“さば”と読む。

スマホの小さな画面では読みづらいかもしれないが、この“鯖”がなければ、彼の“サバイバル”は始まらない。


彼の名前には、魚のようにしなやかで、波のようにしつこい、そんな生き様が刻まれている。

そして、彼の大学生活は、まさに**“鯖、威張る”——サバイバル**なのだ。




こうして、鯖波理比人の大学生活が始まった。

彼の知識は、まだ誰にも届いていない。

だが、彼は信じている。

いつか、世界が俺に追いつく日が来ると。


彼は今、威張っている。誰よりも静かに、誰よりも強く。


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