第一章 フォーサイス家 第九話 練習の前に
「つ、疲れた…」
リリーはベッドへ倒れ込むと、すぐに寝息をたて始める。今日は屋敷に来て一週間。なんとなく仕事にも慣れてきたので、リリーもそれなりに働けるようになり、仕事が早く終わるようになった。結果、夕食を早く食べられるようになり、必然的にお風呂も早くなる。寝るにはまだ早いと思い、スノーさんに、魔法の練習に付き合ってくれないかと頼む。あわよくば、練習しながら、ご主人様一家について聞こう、なんて考えながら。その考えは甘かったと後に思い知ることになる。
さかのぼること、二時間前。
裏庭で待っていると、スノーさんが来た。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
なんだか聞き覚えのあるやり取りをする。でも、スノーさんの表情は全然違った。自然な微笑みだった。声も、優しい声だった。スノーさんは最近、笑う以外の顔も見せてくれるようになったし、感情のこもった声で話しかけてくれるようになった。初めは、警戒されていたのかもしれない。あるいは、よそ者扱いだったのか。
「目を閉じてください」
あと、口が悪くなくなった。
「『水魔法補助』」
意識が精霊界へ。水に包まれて、水をかけられる。
「目を開けてください」
目を開ける。
「あの、前もかけてもらったんですけど、もう一度かけるんですか?」
「びっくりするぐらい何も知らないんですね。無知もいいところです。精霊は人間界には長くても半日しかいられないことくらい知っていると思っていました」
…前言撤回。口は悪い。ただ、言い方は丁寧。そして、表情がついている分、余計に響く。スノーさんは本気で驚いた表情をしていた。そんなん知らないし。常識みたいに言わないでほしい。まあ、無知なのは認めるけれども。ストレートに言わなくても、と思わないでもない。ここで疑問①。
「一度、精霊界に戻して、同じ日に再び呼び出すことはできるんですか?」
「できます。一日のうち、人間界での十二時間までなら人間界に呼び出せます。」
この後、精霊に精霊界に帰ってもらえば、再び呼び出すこともできるということか。そして疑問②。
「今、精霊がここにいるってことですか?見えないですけど…」
「基本的には見えないですけど、見えるようにする魔法もあります。自分の属性の精霊以外は見れませんけど」
魔法をかけても、自分の属性の精霊しか見えないのは変わらないらしい。じゃあ、逆に人間はどうなんだろう。
「人間が精霊界に行っても、精霊には見えないんですか?」
「精霊は人間を見れます。それは、精霊界でも人間界でも変わりません」
つまり、今も精霊は一方的に人間が見れているということか。精霊はどんな属性の人間も見えるのだろうか。
「どんな属性の人間も見れるんですか?」
「いえ、精霊も同じ属性の人間しか見ることはできません」
いくら魔法を使っても、同じ属性以外は、人間も精霊も見えないらしい。属性の縛りが強い。
「ですが、見えなくとも他人になら精霊魔法を使うことはできます。適性がない属性の精霊魔法は自分にかけることはできませんが、使うこと自体はできます。また、魔水晶を使えば、自分にもかけられます」
なるほど、難しい。
「つまりは?」
「ここまで理解力が皆無な人は初めて見ました。珍しいですね」
シンプル酷い。スノーさんは軽くため息をつくと、
「つまりは、精霊魔法を他人にかけること自体は、属性に関係なくできます。ここまでは、いいですか?」
なるほど、わかりやすい。
「はい。なので、スノーさんは私に『水魔法補助』をかけることができるんですね」
「そうです。そして、魔水晶を使えば、自分にも、適性のない精霊魔法をかけられます。他に、質問はありますか?…いえ、無知なリリーのことです。質問があることは確定ですね。聞き方を変えます。質問は、何ですか?」
スノーさんが口悪そうなことはわかっていた。んだけれども。まあ、まあ。喧嘩するほど仲がいい的な何かだと信じる。
(悔しいことに)スノーさんの言う通り、質問は無限にあった。人間界で十二時間、ということはここと精霊界とでは時間の流れが違うのか、精霊は一つの属性に一つ(数え方もわからない)だけなのか、など精霊に関する質問。あとは、水魔法についての質問。どんな魔法があるのか、氷魔法と相性がいいとはどういうことなのか、そもそも相性とはなんなのか、等々。練習どころではなく、とにかく知らないことが多すぎた。でも、スノーさんは酷いことをいいつつも、質問にはしっかりと答えてくれたし、最後まで(二時間)つきあってくれた。
そんなわけで、部屋に戻ったリリーの頭はパンクしかけ。もうパンクしていたかもしれない。スノーさんも疲れた様子でベッドへ潜り込んでいた。
そして、今に至る。
リリーの夢の中では、精霊と水が大暴れしていた。