第一章 フォーサイス家 第七話 スノー•ロング
第二話から第六話までのスノー視点です。
「ねえー、スノー、ヴァレットとバトラー、どっちが赤いペンダントだったー?」
声がした方を振り向き、思わず笑顔が崩れそうになる。心臓が飛び出るのではないかと思うくらい激しく脈打つ。それくらい驚いたのだ。あの日以来、忘れ去っていた感情が溢れ出す。驚き。戸惑い。喜び。そして、そんなことあるわけがないという諦め。悲しみ。いろんな感情が入り混じり、自分でも訳がわからなくなる。
「バトラー」
とだけ返事してその場を離れると、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そうだ、何かを感じるっていうのは、こういうことだったんだ。エイミーの隣にいた少女。おそらく、メイド長の言っていた新しいメイドのリリーだろう。透き通るように白い肌。団子に結ばれた髪は青味がかっている。澄んだ水のような水色の目は輝いていた。その容姿はあの日、スノーの両親と共にこの世から消えてしまった、スノーの妹、アイリスに瓜二つだった。
スノーは記憶をたどる。あれはまだスノーが八歳か九歳くらいの時。
スノーが住んでいた村は、六大魔法を使える人がほとんどだった。母さまは、この村は精霊に愛されているからだと言っていた。母さまは氷魔法、アイリスは水魔法を使っていた。父さまは火魔法と雷魔法が使えたため、村の人たちから信頼されていた。村長とも仲が良く、家族ぐるみの付き合いがあった。アイリスは元気で、いつも皆を明るくしてくれた。スノーとアイリスはいつも一緒で、遊んだり、話したり、楽しく過ごしていた。
ある日、スノーは母さまと一緒にすぐそこの山へ果物をとりに行った。アイリスも行きたがっていたし、スノーも一緒に行きたかったが、危ないからと父さまに止められてしまった。
進んで行くと、キイチゴが生えていた。スノーはそれをつんだ。でも、母さまは籠を忘れてしまったらしい。
「母さま、籠、取ってこようか?」
「いえ、スノー。もう一度下って、また登ってくるのは大変だわ。母さんが取ってきましょう。スノー、ここで待っていてね」
「はーい」
返事をして、しばらく待つことにしたが、いつまで待っても母さまは戻ってこなかった。心配になり、山を下る。村が見えてきた。建物が崩れ、血飛沫で赤く染まり、動ける人間など一人もいなくなった村が。
スノーはもう何もわからなくなった。母さまは?父さまは?アイリスは?村のみんなは?家は?建物は?わからない。どうして?
ゆっくりと歩き、家があった場所へ移動する。そこにはアイリスをかばうようにして倒れ、息絶えている父さまと、父さまの下で目を開けたまま動かなくなっているアイリスがいた。初めて、ああ、もう本当にいなくなってしまったんだと気づく。目が熱くなった。涙を流していることにも気づかず、母さまを探す。
「うぅ」
母さまの声。声がした方へ駆ける。
「ひっ」
そこには血まみれの母さまがいた。腕が一本無くなっている。でも、生きている。まだ、息がある。
「『身体治癒』」
必死に魔法をかけるが、幼いスノーの魔力では腕一本など到底修復できない。母さまが死んでしまう。嫌だ。嫌だ。嫌だ。父さまもアイリスもいなくなってしまった。母さまは、母さまだけでも。独りにしないで。母さまの呼吸がだんだんゆっくりになり、そして──、
「母さまあぁぁぁ゛ああ、あ゛あぁぁうわああぁあぁぁ」
スノーは走った。どこへ行くでもなく。ただ、ただ。もう全てが嫌だった。山を登って、降りて。川を越えて。何度もつまづいた、こけた。夜はふけ、朝日が昇る。
小屋があった。女の人が出てきた。こちらを見た。こちらへ来た。話しかけられた。小屋へ連れて行かれた。魔法をかけられた。料理を持ってきた。食べさせられている。笑いかけられた。笑ってみた。撫でられた。笑えばいいとわかった。
感情を失い、目の前の出来事しかわからなくなったスノーは、笑えばいい、ただそれだけしかわからなかった。
その日の夜、スノーは小屋を抜け出した。笑えばいい。スノーにわかるのは、それだけだった。こけても、転がっても、笑った。疲れていても、ずっと笑っていた。また、日にちが変わる。あたりが明るく照らされる。そこは、商店街のようなところだった。何をするでもなく、そこに立っていたスノーの足元にコロコロとモモが転がってきた。
「待ってー」
少女。金髪。緑の目。少し年上。メイド服を着ている。籠を持っている。走ってくる。
「モモ、誰か、拾ってくださいませんかー」
スノーはモモを拾うと、笑顔で、
「どうぞ」
と、凍りついたような声と共に渡した。
「ありがとうございます。私、ソニアです。あなたは?」
「スノー」
「スノーさん、ありがとうございます。何か、お礼を」
お礼。私は今生きている。私には今何もない。お金もない。お金がないと生きていけない。お金を得るには働かなくてはいけない。
「働かせてください」
「ええっと、それでよろしいんですか?」
「はい」
こうしてスノーはこの屋敷のメイドになり、十年あまりをここで過ごした。
スノーはため息をついて歩き出す。何を考えているのだろう。いくらアイリスに似ていても、二人は別人で、アイリスにはもう会えない。わかりきったこと。でも、思い出した感情は消えない。物を見ても、何も感じなかったのに。ただ、そこにあるということしかわからなかったのに。暖かな日差しを心地よく感じた。花壇の花を可愛らしいと思った。そして、そんな風に感情が戻ってきたことが嬉しいような気がする。
午前の仕事は終わったので、メイド長を手伝おうと屋敷へ入る。いた。メイドの部屋に向かっている。声をかけるより前に、向こうがこちらに気づく。自己紹介をし合おうと言うので、リリーたちを呼びに行く。
「メイド長が呼んでる」
いつも通りに振る舞おうと、感情のこもっていない声を出す。
「あー、スノー。わかったー。どこに向かえばいいのー?」
エイミーなら、メイドの部屋だと言えばわかるだろう。いつものように、さっさと去ってしまえばよかった。でも、どうしてかは分からないけれど、
「ついてきて」
そう言っていた。エイミーとはただ仕事が同じなだけ。リリーにいたっては初対面。でも、なんとなく、この人たちともう少し一緒にいたかった。本当はずっとそうだったのかもしれない。でも、またいなくなってしまうようで怖かった。だけど、先のことなんてわからない。良くも悪くも。だったら、自分がしたいようにしてみようと思った。
部屋に着くとメイド長とリリーが話始めた。少し、寂しい。そんな風に思ったことはなかったのに。
「話があると聞きましたが」
話を中断させる。
その後、各々自己紹介をし、リリーはライトさんと部屋をでる。エイミーがそれじゃー、と続く。スノーも部屋を出て、エイミーに話しかける。珍しかったからか、驚いたようなそぶりを見せたが、一緒に仕事をしてもよいかと言うと、嬉しそうにした。二人で仕事をしている間、エイミーがずっと話しかけてきた。うるさいとかなんとか言いつつも嬉しかったし、楽しかった。昼食も話しながら食べた。いつもより美味しい気がした。
昼食後、スノーの変化に気がついたのか、やたらと楽しそうなメイド長に頼まれて、リリーを呼んで部屋へ戻る。と、裏庭に出され、リリーと過ごす。リリーは何も知らなくて呆れた。でも、やっぱり楽しかった。
使用人用の食堂で夕食を食べる。昼食は仕事の合間をみて部屋でとることが多いが、朝食と夕食は揃って食堂で食べる決まりだった。この日は、他の使用人はいなかった。少し時間が遅くなったからかもしれない。これは?これは?としつこいリリー。
お風呂の時、全然戻ってこないリリーに腹も立ったが、それよりも心配だった。探しに行こうとするエイミーと一緒に行きたかったが午後の仕事が少し残っていたので、そうもいかなかった。仕事が夕食前に終わらないのなんて、初めてだった。メイド長は大丈夫だと言っていたが、やはり二人では追いつかなかったのだろう。仕事をしているうちに、リリーが戻ってきて、エイミーもお風呂からでてきていた。スノーもお風呂に入り、戻ってくると魔法をかけ、タオルを籠にいれ、ベッドへ。なんだか暖かい一日だった。目を閉じると、スノーは暖かい気持ちのまま眠りについた。
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