日常の幸福
玄関扉を開けて外に出ると初夏の風が緩やかに肌を通り抜けていく。
左手に持ったアルミホイルで作ったお手製の灰皿とタバコとライターは何も言葉を語らない。
会話のない一人暮らしでも、仕事を終えて帰宅して食事を済ませてシャワーを浴びる。その後にアパートの外通路でタバコに火をつけて肺まで息を吸うと生命を宿したようにタバコの先端に赤い灯が灯る。
それは無言の語らいの時間。
人の幸せは人それぞれ、私にとってそれは唯一と言っていい幸せな時間。
外通路の天井の隙間から夜空が顔を覗かせる。星は少ないけれど静かに流れる時間の中で私は体を、肺を、呼吸を、タバコに委ねる。
通路の手すりはコンクリートに吹きつけタイル。
不規則な模様に指をなぞらえながら通路の蛍光灯に照らされた紫煙は夜のダンスを踊っては消えてゆく。
いつもと同じで、いつも違うただタバコを吸うだけの毎日のルーティーン。
私にとっての幸せな時間。