2話
「え? アンタいつから居たの!?」
「『初恋だったのにな』から」
まずい! まずい! まずい!
「最初からじゃない!!」
コイツの名前はエリアス。つい1ヶ月前に入った新人だ。
よく訓練をサボるし、怒ろうと思っても逃げ足が速いから捕まらない。それでいて、何でも卒なくこなす器用なところもあるふざけた奴だ。
こんな適当な奴にあの姿を見られるなんて最悪だ!
「でも意外だったな、仕事と結婚したって言われてる鬼の団長がそんなこと思ってるなんてね」
失恋したあげく夜中に1人で『結婚したい』なんて言ってるのをバラされたらアタシの騎士団でのイメージが…!
せっかくいい感じにバカばかりの脳筋騎士団をまとめあげてきたのに、このままじゃあ全て台無しだ!
どうすればこの状況を乗り切れる!
考えろ! 考えるんだアタシ!
「そんなこと思っていないわ。アタシはこの前見た演劇のシーンを思い出してただけ」
「いや、それは無理があるでしょ… 」
「いい作品だからついセリフが口から出てしまったのよ」
「なんて名前の劇だったの?」
「え…」
「というか、嘘つけないんだね団長って。明らかに目線がおかしいし嘘だってバレバレだよ」
笑いながら奴はそう言った。
「昔から嘘をつくのは苦手なのよ…」
「別にいいんじゃない」
なんでコイツは上から目線なのよ!
「で、誰なの?」
「何が?」
「初恋の相手って」
「言うわけないでしょ! そもそもアンタは多分知らないわよ」
絶対に教えてなるものか。コイツに知られたら未来永劫ネタにされるに決まってる。
「まあ、確かに他の騎士に興味ないからね。でも、やっぱりあの団長が恋してたなんて意外だわ」
「ふん。アタシが恋してたら悪いわけ?」
アタシだって恋の1つぐらいするわよ。
「別に。ただ意外だっただけ」
「そんなことは自分が1番分かってるわよ」
「あと面白いなって」
コイツ!
今すぐぶん殴りたい!
何が面白いだ!
アンタにとっては面白いかも知れないけど、アタシは何も面白くないしコッチは必死なのよ!
アタシのことをバカにして…!
「というか団長はこんな時間まで何してるの?」
「別に。仕事してるだけよ」
「1人で?」
「そうよ」
「そんなの明日にしてご飯でも食べに行こうよ団長」
「無理よ。見てわからない? アタシは忙しいのよ。分かったらアンタ1人で行ってきなさい」
「えー」
「えー」じゃない。アンタは子どもか!
「というか、いつも1人でこの量の書類を捌いてるの?」
「ウチの隊は書類仕事できる人材が少ないのよ」
「ふーん。で、その数少ない希少な人材はどこに行ったの?」
「1人は風邪で、もう1人は子どもが体調を崩して休みよ」
「だからって1人で抱え込みすぎじゃない? 周りに頼れる人いないの?」
「うるさいわね」
「ああ、いないか」
「アンタには関係無いでしょ」
「関係あるよ。団長には無理して欲しくないし」
「何よそれ…」
「じゃあ俺も手伝うよ」
「別にいいわよ。そもそもアンタに出来るの?」
「文官だった時もあるから平気」
「本当に?」
急にそんなことを言われてもコイツが文官をやっているイメージが想像出来ない。
おおかた見栄を張ったのだろう。きっと直ぐに泣きついてくるに決まっている。
「まあ、見ててよ」
・・・
「う、嘘…」
山のようにあった書類が机の上から消えている…
「アンタ本当に書類仕事できたのね…」
というかアタシよりも書類を捌くの早いんだけど。
「そう言ったじゃん」
「あ、ありがとう…助かったわ。アンタのおかげでアタシも早く帰れる」
正直なところ書類の山を1人で捌くのはキツいものがあった。だからコイツのおかげで助かったのは事実だ。
調子に乗りそうだから本人には絶対に言わないけど。
「…」
「何よ?」
「随分と素直だなって…」
「な…! アタシだってお礼ぐらい言うわよ!」
「知ってるよ」
「そ、そう…」
な、何よ…急に肯定されると反応に困るじゃない。
「それよりも困った事があったらこれからは俺を頼って」
「べ、別にアタシは1人で大丈夫よ…」
今までだってアタシは自分の力でどうにかしてきた。
「じゃあ勝手に手伝うわ」
「は?」
「だって1人で無茶しないか心配だし」
「別に平気よ…」
なんで拒絶したのに近づいてくるの? そんなこと言われたらまた頼りたくなっちゃうじゃない…
「うん。だから勝手に俺がやるだけ」
「…」
どうしよう。
さっきから心臓がバクバクいってうるさい。何だか顔を熱くなってきたしコイツの顔を直視出来ない。
し、静まれアタシの心臓! なんでこんなドキドキしてるの!?
「い……て……いい」
「なに? 聞こえなかった」
「だから! 食事に言ってもいいって言ったの!」
そして、気がつけば無意識にエリアスを食事に誘っていた。