1話
アタシの密かな恋心は突然に散った。
その日は天気がよく気分のいい朝だった。自然と家から職場までの道のりも足が軽くなる。しかし、そんな気持ちは突然の報告で砕け散った。
「俺、結婚するんだ」
職場の先輩から唐突にそう告げられたアタシは驚きのあまりすぐに声を出せなかった。
結婚報告をした彼は凄く穏やかな雰囲気をしていて、その表情を見たら先輩は幸せなんだろうなと思った。
「お、おめでとうございます!」
なんとか我に返って返事をしたけど、顔が引き攣っていないか心配だ。
「おう、ありがとな」
「そんな話し先輩の口から聞いた事ないから突然すぎてビックリしましたよ」
「ああ、秘密にしてたからな」
そっか、秘密にしてたのか。それはアタシが知るわけないよな。
「でも、職場の人間にこの話しをするのはアリアが初めてなんだぜ」
そんな初めてはいらない。こんな話はどうせなら知りたくなかった。
「なんたってアリアは妹みたいなもんだからな」
妹か…
彼にそう思われていたことは分かっていたけど、改めて言われるとショックだな。
自分の気持ちがマイナスな方向にどんどん沈んでいくのが分かる。なんなら今すぐにでも仕事を放っぽり出して家に帰りたい。
「ありがとうございます。幸せになって下さいね」
「おう」
そうしてアタシの初恋は終わりを迎えた…
・・・
彼はアタシが騎士団に入ったときからお世話になっている先輩だった。いつもアタシのことを気にしてくれていて、よく訓練に付き合ってもらったり愚痴を聞いてもらっていた。
いつから彼のことが好きだったのか自分でもよく分からない。いつの間にか目で追うようになっていて、気がついたら好きになっていた。
彼に褒められるのが嬉しくて、仕事にも無我夢中で取り組んだ。
そうして気が付けばアタシは騎士団長になっていた。
いや、なんで?
アタシは別に騎士団長になりたかった訳でない。仕事は増えるし先輩に会う機会が減るどころか『アリアはすっかり雲の上の存在になってしまったな。もう俺が教えることなんて何も無いな』とか言われるし!
ホントにどこでアタシは人生を間違えたんだ…
「初恋だったのにな。もっとアプローチすれば良かったのかな」
やばい。
泣きそうだ。
このままではダメだと思って先輩に告白しようかと思ったこともある。でも、いざ本番となるとアタシの口から言葉は出なかった。
先輩と後輩という居心地のいい関係性が終わるとか、周りの目が気になるからとか言う失敗の理由はきっと後付けで、ただただ告白する勇気が出なかった。
ああ、アタシはこんなにも臆病だったのかと初めて気がついた。
あと一歩踏み出していたら未来は変わっていたのかもしれないのに…
だけど、今さら後悔しても遅い。彼は結婚して実家に帰り家業を継ぐのだから。アタシはもう先輩と会うことはないのかもしれない。
「はあ〜、アタシも結婚したい」
何が悲しくてこんな夜中まで1人で残業しないといけないのか。
アタシだって愛しの旦那様と楽しい家庭を作りたいし、出来ることなら子どもだって欲しい。
しかも最近は親からも『良いお相手はいないの? そろそろ孫が見たいわね』とか言われて結婚を急かされるし。
「アタシだって相手が居ればすぐにでも結婚するわよ!」
そもそも24歳で行き遅れって言われる方がおかしいのよ! アタシの人生はこっからの方が長いんだから!
「そもそも結婚すれば幸せって訳じゃないでしょ!」
この前だってアタシの部下が奥さんに出ていかれて絶望してたし、清掃をしてくれてるおばちゃんたちだって「家にいない方が楽でいいのよね!」みたいな旦那の愚痴で盛り上がってたし…
「はぁー、なんか虚しくなるからこの話しはやめよう」
一人暮らしが長くなって独り言が自然と出るようになってしまった。
それが当たり前になってしまったのも悲しい。昔はこんなんじゃ無かったのに…
「いいんだ。アタシは1人でも生きていける」
「本当は結婚したいけど?」
「え?」
アタシしか居ないはずの部屋から独り言に対して返事が返ってきた…
「なんでアンタがこんなとこにいるのよ!?」
え、もしかしてアタシの独り言を全部聞かれてた?