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66 閑話 秘密を抱く人1

カルド視点です。


 私、カルド・ゲレールターがセレナ・ナロウ公爵令嬢と出会ったのは城で開催された春の社交会での挨拶回りのときだった。


 「お初にお目にかかります ナロウ公爵家が長女セレナと申します」

 「こちらこそお初にお目にかかります ゲレールター公爵家が長男カルドと申します」

お互いに作業的に挨拶をこなす。どうでも良い。さっさと手際よく終わらせよう。ブルーグレーの瞳と一瞬目が合った、気のせいかと錯覚しそうなほどの刹那。直ぐに目線はほどけたけど。


 その時はただ同じ公爵家の同学年だと思っただけで、彼女との邂逅は記憶の片隅から転げ落ちていった。


 再びセレナに会ったのは同じ年の秋の頃だった。城の図書館の二階で本を数冊選んで階下の書見台に向かおうとしていたときふいにぐらりと目眩がして手に持っていた本を吹き抜けから一階に落としてしまったのだ。柄にもなく慌てて、バルコニーから一階を覗くとそこには人影があった。


 まずい、そう思っても何も出来ずただ階下に手を伸ばすだけの私と違って、その人影ーセレナーは上を向き本を視界に捉えた瞬間にトンっと床を蹴って浮き上がったのだ。そして全ての本を回収してそのまま浮上し私の前に現れたのだった。


 言葉もなかった。その動きの美しさと吸い込まれそうな青い瞳がこちらを見据えたとき私はその場に射止められたように動けなくなった。


 「これは貴方が?」

 「……あ、ああ私が落としてしまった」

差し出された本を受け取るが、やはりその重さに耐えかねて少しふらつく。

 「んッ 大丈夫?」

慌てて彼女がこちらを支えるように手を差し出した。そして驚いたように少し見開かれた瞳にしまった、と思う。きっと気がつかれただろう。公爵家の汚点たる秘密に。

 「ああ、すまない」

ああ、どうやって口止めしたものやら。決して暴かれる訳にはいかなかったのに。


 何を思ったのか彼女は1拍おいてから言った。

 「こういうときはありがとうと言うのですよ?」

その言葉に含まれる気遣いの色に驚く。これまで、秘密を知った者はそんな反応はしなかった。へえ、これはなかなかに面白い。意外に思いながら感謝の言葉を口にする。

 「…ありがとう」


そう言うと口元に小さく微笑みをたたえたまま彼女はこちらに背を向け、その場を立ち去ろうとしていた。その背に慌てて言葉を投げかける。


 「あの、ナロウ公爵令嬢、このことはどうか内密に願えませんか?」

 「体重がないことですか?」

ああ、何度経験しても秘密を暴かれる瞬間とは慣れないものだね。

 「ええ、私にはおおよそ重みというものがないのです ここだけの秘密にしていただけないでしょうか」

私の笑顔は引きつっていやしないだろうか。今ここに鏡があったらそこに映る私の顔はどうなっているのだろうか。まあ、それ位の方がそれらしくて良いかもね。


 「分かりました では私のことも内密に願えますか、ゲレールター公爵令息 この魔術のことは秘匿しておきたいのです それで取引といきましょう」

了承した。へえ、ごねたりしないんだ。ますます興味がわいてきたよ。

 「ええ、もちろんそれで構いません」


 ああ、こんな呪い無ければよかった。


 そう何度思ったことだろうか。生まれたときから私には質量がない。そのせいで両親は私を快く思っていない。


 「神に見捨てられた子」

 「不気味な子」

 「欠損持ち」

いろいろな言葉で罵られた。父はとことん私の身に生まれたときからある呪いを嫌った。ときには「お前は私に全く似ていない」と言われ、「私と同じ空間で息をしていることが許しがたい」とまで言われた。その上そんな言葉が私に聞かせるというより、自然と漏れたという風で、哀れむ様な遠い目が嫌になる。


 母は、父に愛されることを求める人だった。待望の跡取りの誕生のために出来ること全てをしてようやく生まれたのが私だった。そうして生まれた私がこんな質量なしだったから母は大層失望したという。こんな子を産んだのでは父に愛してもらえないからと。そして、自分が父に愛される為に、母は私を厳しく育てた。体のことはどうしようも出来ないならせめて頭や他のところで父の役に立てと言われ続けた。


 親族は私に質量がないことを嗅ぎつけ、父からの冷遇を知ると、すかさず自分の子をゲレールター公爵家の養子にして跡取りにどうかとしきりに言ってきた。遠回しに跡取りを退くように脅されたことが何度あるか。まあ、そんなこと母が許さないだろう。あの人は自分の子が跡取りであることが父との愛の証明のように考えている節がある。だから唯一の子である私を是が非でも跡取りにと思って必死なのだ。


 そんな風に私の人生を縛ってきた呪いを彼女はいとも気安い調子で解こうかと言ったのだ。


 それは、彼女と出会って時折話すようになって数週間がたった頃だった。

「そういえば貴方は質量を取り戻したいと思っているの?」

「…戻ってくるものならな もう、諦めている」 

「諦めるにはまだ早いと思うけれど? 私は諦めなんて本当に出来るこ全てしてから言えることだと思うわ?」

質量を取り戻す為に私は何かしただろうか。私は何をした…否、何もしていない。導き出された答えに柄にもなく愕然として声が震える。

 「…君は私が何もしていないと言いたいのか?…」

 「いいえ、そう言いたいわけじゃないのだけれど、そう聞こえたなら謝罪するわ」

 「…」

 「私が言いたいのはね、その呪いを解くことを私に任せてみてはどうかということなの」

は、呪いを解く?彼女は確かにそう言ったのだ。

 「君にこの呪いが解けるのか?」

 「ええ、もちろん」

自信ありげな様子にこのちっぽけな運命を賭けてみても良いかもしれないなんて思った。




後書き失礼します。

あれ、プロットからカルドの性格変わってるぞ?と首をかしげている作者です。

この閑話が想定より長くなったので数話に分割します。

次回もこの閑話の続きです。

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